児玉花外―熱血詩(抄)



(注)難読漢字、特殊な読みの漢字には{ }内に読みを入れた。読みは旧仮名遣ひとし、初出雑誌のルビをもとにした。


【夕刊売の少年】

初出:「少年」第133号(1914年10月1日)



見れば小さな籠の中
世界動乱を入れてゐる
夕刊たゞの一銭で
欧洲空前の大戦が
手にとる様に知れるのだ
こゝは神田の須田町よ。

学生帽子いろいろに
尻きれ着物脛{はぎ}を出し
下駄や草履もしほらしい
これも国家の一事業
世界戦争を報らすのだ
こゝは浅草雷門。

電車が駛せて来る時
身を隼と少年は
花のやうなる白色{しろいろ}
新聞窓へ差付けて
右に左に現はれる
こゝは上野の広小路。

左の胴腹{どうばら}に籠を提げ
右手{めて}には重なる新聞紙
夕刊号外付一銭と
柳のかげで少年が
大きな声で叫んでゐる
こゝは銀座の十字街。

陸海軍の活動を
東京は鈴{べる}の音の海
大人は号外々々と
都四方を駈けれども
辻に可愛や貧{ひん}少年
自活を続け独り立つ。


【飛行少年の歌】

初出:「飛行少年」第1巻第7号(1915年7月1日)



高地に登り見渡せば
{われ}が今住む日本{にっぽん}
愛し恋しき日本{ひのもと}
空はさながら藍の色
更に遥けく眼{め}放てば
亜細亜の空は若葉して
武蔵野よりは続くかな。

東西南北夏の色
日本に吹く薫風{くんぷう}
燕は自在に翔{か}けてゐる
鳶が輪をかき舞つてゐる
僕は飛行機あやつりて
小鷲{こわし}のやうに飛んで見しよ
赤い太陽に照らせつゝ。

少年なれど胆は大
褐色{ちやいろ}、赤色、黒色の
飛行服にと身を固め
広き国土に立ちし時
昔し武将が兜鎧
着たる如き思あり
日本男児の血は湧きて。

プロペラの音爆発す
今し地上を離るゝに
心臓の血は逆騰{ぎやくたう}
天外に一歩離れ去らば
少年野心を煽られて
身も世も家も忘れ果て
宇宙の大{だい}を懐{おも}ふのみ。

あな喜ばしあな不思議
煙突や家屋{いへ}や樹木皆
白、黒、緑重なりて
僕が小さき掌の下に
踏へる脚{あし}の下にあり
眼鏡から見る幾百里
雲翩翻と浮ぶのみ。

世界征服のはかりごと
雨、風、雪、雹、霰
吾に抗敵{はむか}ふ何物か
天魔もあらば来り撃て
僕に無限の勇力{ちから}あり
雷霆{かみなり}ゴロゴロと鳴り出でば
素手雷神を擒捕{とら}へなん。

飄々として身はひとり
三千尺以上の高処{たかき}にあり
吾はみ空の英雄ぞ
僕は天{あめ}なる豪傑だ
瞳火の如{ごと}輝やかし
五大洲をば俯瞰せば
人類すべて豆の如し。

よし墜落も何ぞ悔いん
愛す国土に血を濺{そそ}
男の骨を摧砕{くだ}くのみ
否見よ今成功し
彼方天外より舞ひ下{さが}
空の大王征服者
少年飛行家万々歳!


少年新詩【熱血少年の歌】

初出:「少年倶楽部」第6巻第2号(1919年1月10日 新年増刊号)



窓にうぐひす君がため、
英雄経{えいゆうきやう}を唱ふらん。
古今を照す書の中に、
熱血男児の躍るらん。
障子にも映る幻影{まぼろし}の。

大正の春、人生の春、
紅顔の子の黒瞳{こくどう}
あゝ新しき明星か。
文の人たり、剣の人、
名を天上の雲にまで。

諸子の可愛き手を懸けば、
枝も花さく光熱の。
下駄に靴にも踏れては、
石もたちまち火を発す。
奮へ活気の好少年。

熱血男児は艱難の、
雪のなかなる紅梅か。
諸子よ朱唇{しゆしん}をふるはせて、
うたへ英雄の熱情詩、
寒さきびしき風の中。

時これ大正八年の、
赤き日の前、少年も、
日本歴史をくりかへし、
記憶の絲をまきかへし、
熱血男児を歌へよや。