【駄法螺】

(其声)ブウブウブウ、こりやブウブウブウ、ブウブウブウのブウ!
(其大将)よしよし、それで先づ可し。暫らく休め。是から又言つて聞かせる事があるから。―一体吾が駄法螺国と云ふのは、其徃古背進駄法螺と云ふ大声な大将があつて、ミンミン国と云ふ蝉の様な国の王をば、只の一声に吹き飛ばし、此処にお尻を据えられた処で、それから後は、ブウブウたる駄法螺の声、世界万国に轟き、今では天下に並ぶ者もない、大声国と称せられるのだ。されば吾々を初め其方共に至る迄、苟くも背進駄法螺氏の子孫たる者は、善く心を此処に用ゐて、只ブウブウの声を張揚げ、大声国民たるの本分を、辱めぬ様にせんければならんぞ。
(其兵卒の甲)成程只今の上官の御訓令、謹んで服膺致しました。乍併茲に一ツ御不審が御坐いますが、伺ひまして宜敷うございましやうか。
(其大将)不審とは何だ?
(兵卒の甲)只今仰有いました中に、ハイシン駄法螺と云ふ事が御坐いましたが、ハイシンと云ふのは、一体何の事でございます。
(其大将)ウン背進か。背進の背はせなかと云ふ字、又進はすゝむで、背中に進むだから、つまり後に進むのだ。
(兵卒の甲)後へ進む?それでは進むのではない退くので御坐いますな。
(其大将)語を換へて見ればさうだ。兵書にも進ムヲ知テ退クヲ知ラザルを、匹夫ノ勇として卑めてある。又三十六計迯グルニ如カズとも説いて、兎角戦争には迯げるが勝だ。
(兵卒の甲)それでは私共は、只迯げさへすればよろしいのでございますか。
(其大将)其処が所謂背進駄法螺の本分であるから、背進しながらブウブウ駄法螺を吹けばよいのだ。
(兵卒の甲)それで解りました。
(其大将)解つたか。
(兵卒の乙)背進のお講釈はそれで解りましたが、私は又別に伺ひ度い事が御坐います。御面倒でもお咄し下さいませんか。
(其大将)貴様のは何だ?面倒だが話してやらう。
(兵卒の乙)私の伺ひ度いのは、矢張り只今のお言葉の中で…吾が駄法螺国は、天下に並ぶ者もない大声国と伺ひましたが、して見るともう世界には、駄法螺より大きな声の者は無いので御坐いますか。
(其大将)さうともさうとも、此の隣にチヤルメラと云ふ奴があるが、見る影もない繊細い奴で、ピーピーピーピー鳴つて居るばかり、迚もブウブウの声は出ないのだ。
(兵卒の乙)それではチヤルメラと言ふ奴は、そんなに意気地の無い野郎ですか。
(其大将)だから今では吾々共の子分も同様だ、兎に角此の駄法螺位、天下に大きな声の者はないのだから、調練も訓練も入つたものぢやない、只ブウブウ云つてさへ居れば、世界中の奴等は其声を聞いたばかりで、迚も寄りつかれるものぢやないのだ。
(兵卒の乙)イヤそれですつかり解りました。
(其大将)もう不審は無いか。
(兵卒皆々)ヘイ。
(其大将)そんなら又吹き立てろ。ブウブウブウ!
(兵卒皆々の声)ブウブウブウ、こりやブウブウブウ、ブウブウブウのブウー!
(兵卒の甲)上官!
(大将)なんだ?
(兵卒の甲)大分草臥れて来ましたが、ちつと休まして頂き度うごさいますな。
(大将)ウンよしよし、乃公も大きに草臥れた。此処等でちつと横に成らう、ヤツこりやしよ。
(兵卒の甲)上官が横に成た。一同も臥ろ臥ろ!
(大将)グウグウグウ!
(兵卒の乙)オヤ上官が迂鳴り出したぜ。
(兵卒の丙)ブウブウぢやないグウグウだ。
(兵卒の丁)鼾だ鼾だ、寝てしまつたんだ。
(兵卒の戊)上官が寝たなら一同も寝ろ寝ろ!
(兵卒の己)それが好い、それが好い。
(兵卒の甲)寝ろーおいッ!
(兵卒皆々)グウグウグウ、グウグウグウ!
(チヤルメラ)ピーピーピー、ピーピーピー、ピーピーピーのピー!
(駄法螺大将)誰だ誰だ?乃公が折角好い心持に寝て居りやァ、枕辺でピーピーピーピー喧ましい奴だ。
(チヤル)ピーピーピーピー、お起きよお起きよ!
(駄、大)まだピーピー居やがる…ヤァ貴様はチヤルメラだな。
(チヤル)オゝ駄法螺さん目が覚めたかイ。速く起きないと大変だよ大変だよ。
(駄、大)大変とは何事だ?
(チヤル)何だか知らないけども、向ふの方から大きな声で遣つて来る者があるぜ。
(駄、大)大きな声で?どんな奴が?
(チヤル)円くツてピカピカ光つてる奴だが、形に似合はない余程大きな声を出すぜ。
(駄、大)馬鹿な事を云へ!天下に声を立てる奴はあつても、此の駄法螺に敵ふ者は無い筈だ。
(チヤル)それでもあの声を聞きなさい、お前よりは余程大きな声だぜ。
(駄、大)へン案じなさんな…なんぼ大きな声だつて、乃公に会つちやアたまるもんか。今に来やがつたら、一声に吹き飛ばしてやるワ。
(チヤル)それでも中々敵ひさうはないぜ。
(駄、大)エイ大丈夫だ。安心しなさい。乃公は又寝るから。
(チヤル)でもさァ…
(駄、大)グウグウグウ!
(チヤル)アレ又寝てしまつたよ。
(喇叭)プツプクプーのプー。プツプクプーのプー!
(喇叭大将)抑も彼のチヤルメラと云ふ者は、其形から見ても声から云つても、吾々喇叭の兄弟、若くは之に属すべき者である。然るに彼の駄法螺の傲慢にして無礼なる、濫りにブウブウの声を立て、彼のチヤルメラの声の細いのに乗じて、吾が子分、吾が臣下と吹聴するが如きは、実に傍若無音、失敬極まる事ではないか。此故に吾々喇叭の本分として、一はチヤルメラの弱きを保護し、一は駄法螺の無礼を懲らす為めに、茲に義兵を揚げたのである。見よ彼駄法螺を!徒らにムクムク然と肥太つて、進退の遅鈍極まる、到底文明の今日に、吾々と肩を並ぶべき者でない。されば此の義戦を機とし、野蛮不潔の駄法螺をば、只の一ト吹に吹き飛ばしてしまへ。よいか、よいか、ソレ進めエ!
(喇叭)プツプクプのプー、プツプクプのプー!
(駄法螺大将)ヤァ来やがつたナ。ソレ一同起きろ起きろ!ブウブウブウ、ブウブウブウ!
(喇叭)プツプクプのプー、プツプクプのプー!
(駄、大)己れ生意気に大きな音を出しやがるな。…ナニ糞、負けるものか。ソレ、ブウブウブウ、ブウブウブウ!
(喇叭)プツプクプー、プツプクプー!
(駄、大)オヤ味方は一同逃げてしまやがる。
(チヤルメラ)ぴーぴーぴー!
(駄、大)オヤ此奴まで先方に付きやがるか。ブウブウブウ!
(駄、兵卒)ブウブウブウ、ブウブウブウ―パチン(破れる音)ブウブウ…パチン!
(駄、大)ヤァみんな破れてしまつた。おのれ糞、一生懸命だぞ。ブウー…パチン!
(チヤルメラ)あんまり一生懸命に吹いたもんだから、とうとうみんな破壊れてしまやがつた、態ァ見ろ!やァいやァいピーピー!
(喇叭大将)只一ト吹きに此通りだ、ソレ一同凱歌!
(喇叭)勝つた勝つた、プツプクプー!勝つた勝つたプツプクプー!