むかしむかし或る処に、爺と婆がありましたとさ。或る日の事で、爺は山へ柴刈に、婆は川へ洗濯に、別れ別れに出て行きました。
時は丁度夏の初旬。堤の艸は緑色の褥を敷いた如く、岸の柳は藍染の総を垂した様に、四方の景色は青々として、誠に目も覚める斗り。折々そよそよと吹く涼風は、水の面に細波を立たせながら、其余りで横顔を憮でる塩梅、実に何とも云はれない心地です。
婆さんは適宜処に盥を据ゑ、其中へ入れて来た、汗染みた繻絆や着古した単衣を、代る代る取り出しては、底の小石から小鮎の狂ひまで、手に取る様に見え透く清流に浸して、頻りにぼちやぼちや行つて居りますと、やがて上水の方から、一抱もあらうと思はれる、素敵滅法大きな桃が、ドンブリコツコ、スツコツコ、ドンブリコツコ、スツコツコ、と流れて来ました。
婆さんは之を見て、さてさて見事な桃ではある。妾も今年で六十に成るが、産れてからまだ此様な大きな桃は、つひに見た事が無い。然し喰べたらさぞ甘味からう、一ばんあれを拾つて行て、お爺さんの土産にしよう、それがよいよいと、独り点頭きながら、手を伸ばしたが届きません。四辺を見廻はしても竿はなし。一寸途方に暮れましたが、やがて工夫を考へて、流れて来る桃に向ひ、「遠い水は辛いぞ! 近い水は甘いぞ! 辛い処は除けて来い! 甘い処へ寄て来い!」と、手拍子を面白く取て、二三遍繰り返して言ひました。すると不思議にも件の桃は、次弟次第に寄て来て、果は婆さんの前で止まりました。
占めたと急いで拾ひあげましたが、斯う成るともう肝腎の御用は其方退け、m々に洗濯物を片付け、件んの桃を小脇にかゝへて、エツチラオツチラ、吾家をさして帰りました。
今にお爺さんが帰つて来たら、嘸喜ぶ事であらうと、待ちかまへて居りますと、やがて其日の夕方、爺さんは山で刈つた柴を、頭迄掩ひ被さるほど背負つて、斧を杖に帰つて来ました。
見るより婆さんは走り出て、「お爺さんお爺さん! 先刻からお前の帰るのを、何様に待つたか知れないよ。」「何だなア連忙い、留守に何か用でも出来たのか。」「其様な事ぢやないんだよ。お前に見せて喜ばせようと思つて、妾は好いお土産を取て置いたのだよ。」「さうか其奴は豪気たナ。」と、是から足を洗つて上へ来ますと、婆さんは先刻の桃を重たさうに抱へ出して、「さァ此を御覧!」と、爺さんの前へ出しました。
爺さんは見て肝を潰し、「やア是はでかい桃だなア。さうして一体此様な物を、何処でお前は買て来たんだ?」「ナニ買たんぢやない拾つて来んだよ。」と、是から、以前の仕末を話しますと、爺さんは聞いていよいよ喜び、「それは何より難有い。丁度腹も減てるから、早速御馳走に預からう」と、勝手の方から庖丁を持ち出し、件の桃を俎板にのせて、真二ツにしようと割かけました。
すると、不思議や桃の中から、可愛らしい子供の声で、「お爺さん暫らく待た!」と、云ふかと思ふと其桃が、左右にさツと割れて、其中から一人の嬰児が、ヒヨツコリ踊り出しました。
此体態に驚くまい事か、爺さんも婆さんも、一つより無い肝玉を潰して、アツと云つて倒れましたが。嬰児はそれを制して、「イヤ驚くまい驚くまい、私は決して怪しい者ではない。実は天津神様から、御命を蒙つて降つたもので、其方衆二人が此年頃、子供が無い迚嘆いて居るのを、神様にも不便に思召し、則ち私を授ける程に、吾が子にして育てよとの事だ。」と声も朗かに陳べました。
爺さんも姿さんも、之を聞いて喜ぶまい事か。此齢になる迄も、ついに児と云フものがないので、日頃から之を嘆いて居た矢先、思ひ設けず此様な好児を、天から授かつたものですから、それこそ天に喜び地に喜び、手の舞ひ足の踏む処も知らずと云ふ、殆ど半狂乱の有様。其儘件の児をわが手に育て、桃の中から産れたのだから、其名も桃太郎と付て、蝶よ花よと可愛がりました。
さて光陰の経つのは速いもので、桃太郎やがて十五に成りました。
元より天の授け。不具や白痴のあらう筈は無く、其風姿の麗しさ、其心根の勇しさ。おまけに其力の強さ。実に鋳型に穿めた様な天晴れ豪傑。而も身丈衆に優れて、巳に立派な男一人前に成りました。爺さん婆さんの喜悦は、今更云ふ迄もありません。
すると或日の事で、桃太郎は父に向ひ、「さて阿父さん!不図した御縁で親子と成り、長の年月の御養育、御恩は艸刈る山よりも高く、又洗濯の川よりも深くて、何と御礼の申様も御座りませぬ。」と改まつて申しますと。爺は却て迷惑顔、「是はしたり、苟にも親子となれば、子が親の世話になるに、何の不思議もない筈。其代りまた其方が成人すれば、私等夫婦が厄介に成る故、つまりは五分五分損徳無しぢや。それを今更改つて、礼では此方が痛み入る。」「就きましては、其御恩も返さぬ中、かやうな御無理を申すのは、恐多い事では御座りますが茲に一つの御願が御座ります、何とお聴き下さりませぬか。」「余人と違て其方の依頼、何なりと聞きましやう。」「それでは今から私に、何卒御暇を下さりませ!。」「何、暇を?」「お暇と申しても霎時の間、程なく帰つて参ります。」「シテそれは何処へ行く気ぢや?」「仔細を申さねば御不審は御道理。元来此日本の東北の方、海原遥かに隔てた処に、鬼の住む嶋が御座ります。其鬼心邪にして、我皇神の皇化に従はず、却て此の蘆原の国に冦を為し、蒼生を取り喰ひ、宝物を奪ひ取る、世にも憎くき奴に御座りますれば、私只今より出陣致し、彼奴を一挫に収て抑へ、貯へ置ける宝の数々、残らず奪取て立ち帰る所存。何卒此儀御闇届けを、偏へに御願ひ申します。」と思ひ込んで云ひ放しました。
爺さんは之を聞いて、年に似気ない大胆な言葉に、一時は肝を消しましたが。何を云ふにも天から授かつた代物、而も此骨柄なら、滅多に怪我はあるまいと、頼もしく思ひました故、やがて小膝を打て、「ウン面白い、其方が左様云ふ覚悟なら、何んで私が止めましやう、願通り暇をやる程に、一時も早く其鬼が嶋へ押渡り、鬼めを退治て禍を除き、皇国の安寧を計るがよい。」と、さも快く許しましたから、桃太郎も大喜びで、「それでは御聴下さりますのか。はヽア辱い。」と嬉しさに勇気も十倍し、翌日とも云はず其日から、出陣の用意に取りかゝりました。
爺さんは又兵粮の用意。兼て貯へて置いた黍を持ち出し、勝手の土間に大きな臼を据ゑて、婆さんを相手にペツタラコペツタラコと、黍団子の製造に取り掛りました。
軈て黍団子も出来上る。桃太郎の行装も整ふ。其処でイザ出陣と成ると、流石に離別は悲しいもの、爺さんも姿さんも、何時か両眼は涙に曇って、「コレ気を付て行きや!」「芽出度く凱陣を待て居ますぞ。」と、云ふ声さへも震へて居ます。
思ひは仝し桃太郎、「それでは行て参ります。何卒御無事で、御機嫌好う!」と跡は胸一杯。思ひ切て吾家を出ました。見送る爺婆、見返る桃太郎…
さても桃太郎は、両親に別れを告げまして、只管路次を急ぎましたが、丁度其の日の正午時分、腹も如何やら減つて参りましたから、路傍の木根に腰を掛け、用意の黍団子を取り出して、ムシヤムシヤ遣つて居りますと、忽ち其の傍の艸原から、犢ほどある斑犬が一匹、ノソノソと現はれ出で、桃太郎に向つて牙を剥き出し、「ウーわんわん! 己れ此斑殿の領分を、断りも無く通らうとは不届な奴、其の喰つて居る弁当を、残らず置いて行けばよし。異議に及べば此処で、頭から咬み殺してくれるぞ。ウーわんわん!」と喝しかけました。
桃太郎は冷笑ひ、「何をぬかす野良犬奴! 吾こそは此度皇国の為めに、鬼が嶋を征伐に参る、桃太郎と申す者だ。邪魔立て致さば用捨はない、己こそ頭から、真二に切て棄てるぞ。」と反対に叱りつけました。すると犬は何思つたか、忽ち尾を股にはさんで、少さく成つて蹲踞り、さも恐れ入つた体で、「さては兼て聞及ぶ桃太郎様で御座りましたか。左様とも知らず只今の御無礼、何卒御免下さりませ!」と尚も頭を地に摺りつけ、「さて此度は鬼が嶋御征伐とあつて此処を御通りの由、何卒私奴も御供仰せ付られましやうなら、難有い幸福に御座ります。」「ウン所望とあらば只今より、供に連れるも苦うない。」「早速の御聞届、之に過ぎたる喜悦は御座りませぬ。就ましては私も、大分腹が減つて居ります故、只今召上りました其御品を、何卒一個頂かして下さりませぬか!」「是は日本一の黍団子、一個は遣られぬが半分やらう。」「それは難有う御座ります。」と、斑は此処で黍団子を半分貰ひ、それから桃太郎の供を致して、尚も路を急ぎました。
谷を越え山を越え、段々遣て参りますと、忽ち前面の樹の枝から、何者とも知れず一匹の獣が、バサリと飛び下りて桃太郎の前に平伏し、「これはこれは桃太郎様、好うこそ御出陣遊ばされました。何卒私奴も御供に…」と云ひ升と、斑は皆迄聞かず眼を怒らし、「桃太郎様の御供には、此斑が付いて居る。己等如き山猿が、軍の御用に立つものか。其処退け其処退け、わんわんわん!」と、吠えなから咬付かうとします。根が仲の悪い犬の事だから、此方の猿も黙つては居ない、何を小癪なと刀の柄…ではない、牙を剥き出し爪を反らして、今や一場の咬合を初めようとしますから、桃太郎は双方を押し分け、「ヤレ待つた、はやまるな、斑も暫らく扣へて居よ。」「ぢやと申して彼様な山猿が、君の御前を汚します故。」「イヤよいわ貴様の知た事ではない。」トまづ斑を傍へ押しやり、更に又猿に向つて、「シテ其方は何者だ?」猿は両手をつかへて、「ハツ私事は此山に住居致す、『ましら』と申す獣に御座ります。此度桃太郎様、鬼か島御征伐の事仄に承はり、是非とも御供仕らんと、推参致して御座ります。何卒此願御聞届け下され、今日より御下来に為し下れうならば、此上もない幸福に御座ります。」「然らば汝も鬼か島征伐の供が仕たいと申すのぢやな。」「御意に御座ります。」「それは近頃神妙な奴ぢや。然らば其の志に愛でゝ、日本一の黍団子を、半分わけて取らすから供をして参るがよい。」と、最前斑に遣つた団子の、残余の半分を之に与へ、其儘下来に致しましたが。兎角以前の斑と折り合はず、動もすれば攫み合はうと致します故、桃太郎も当惑致し、所詮一所に置いては喧嘩の基と、斑には旗を持たせて先に立て、「ましら」は太刀持にして後に置き、自分は其中央に立て、軍扇を使ひながら、悠々として遣て行きました。
やがて或る野原へさし掛つて参りますと、唐突に足下から、一羽の鳥が飛び出しました。見れば身には五色に染め分た、美しい羽衣を着けまして、頭には真赤な烏帽子を頂いて居ります。
彼の斑は之を見るや否、己れと云ひさま駈け寄て、一口に咬ひ殺さうと仕ますと、彼方も去る者、ヒラリと体を替しましたが、嘴を尖らし蹴爪を立て、斑を一突に突き倒さんと、隙を狙て居る様子。
桃太郎は之を見て、此奴は大分面白い鳥だわイ、あゝ云ふ奴を味方に連れて行たら、又何ぞの役に立つだらうと、心の中に思ひましたから、急いで其の場へ走りより、力味かへる斑を制しながら、鳥に向つて態と大音に、「己れはそも何奴なれば、わが出陣を妨げるのだ? 尋常に降参致さば、下来になして召連れん。尚も邪魔立致すにおいては、此斑犬をけしかけて、其素首を引千切て呉れるぞ。」と一番虚喝しかけました。
すると鳥は驚いて、失庭に其場へ平伏し、「ハヽツ、さては兼て聞及ぶ、桃太郎様で御座りましたか。某は此野末に住む雉子と申す賤しき鳥に御座りまする。かゝる大将の御通りとも存ぜず、根も無き事より犬殿と争ひ、御供前を閙しましたる段、何とも御詫の由様が御座りませぬ。然るに寛仁大度な桃太郎様、某が無礼を御咎めもなく、却つて尋常に降参致さば、罪を免してつかはすとの御諚、何とて違背仕りましやうや。御命に随ひ只今より、改めて降参致しまする間、何卒某奴も犬殿や、まつたあれなる猿殿同様、御供の役目仰付られまするやう、偏へに願ひ奉ります。」とさも恐入つて陳べました。
桃太郎は片頬笑み、「早速の降参神妙々々。此上は犬猿仝様、鬼か島征伐の供を由付ける、随分共に忠勤致せ!」「ハツ。」斑は側から差出て、「そりや此奴めも御供に?」「ヱイ又しても入らざる言、吾が眼鏡で供に連れる、其方共の知た事ではない。」「ヘイ。」「さりながら、総じて軍に臨むには、味方の和合か第一ぢや。天の時は地の利に如ず、地の利は人の和に如ずと、兵法にも云ふ通り、味方の中に内乱あつては、如何に弱き敵なりとも、之に勝つは容易でない。依て今日より汝等三匹、互に心を一にして、親睦和合を旨とせよ。万一喧嘩口論なすに於ては、其場を去らず勘当ぢやぞよ。」と屹度軍令を伝へますと三匹は恐れ畏み、以来は屹度相謹み、喧嘩口論は致しますまいと、立派に誓言を致しまして、それより雉子も供の列に加はり、黍団子を半分貰つて、嬉しよろこんで尾いて参りましたが。大将の威勢はえらいもの、三匹共其後は大の仲好に成て、一図に桃太郎の命令を守り、尚も路を急ぎました。
急ぐほどに来る程に、はや此処は東海の端です。前面を見渡せば、只茫々漠々として、更に眼に遮る小島もなく、岸打つ波は■{鼓/冬}々として、寄せては返す有様は、さながら海の底に物あつて、水を掻き廻すのかと疑はれます。
犬猿雉子の三匹は、平常陸地に棲んで居るもの故、山はいくら険しくても、渓は何程深くても、更に驚きは致しませんが、かゝる大海に臨んだのは、何しろ今日が初度ですから、少しは気味も悪いと見えて、波打際に彳みながら、物をも云はず、只顔斗り見合せて居ります。
桃太郎は之を見て、態と声荒らかに、「ヤイ下来共、何を先刻から躊躇して居る? 此大海が恐しいか。さりとは云甲斐ない弱虫奴が! 其様な意気地の無い了簡では、波路隔てた鬼か島へ、押し渡ること思ひもよらぬワ。要ない供を連れるより、単騎で行くが遥に優し、此処で暇を呉れる程に、疾く疾く帰れ!」と云放しました。此一言に三匹の下来は驚き、周章て桃太郎に取りすがり、「此はしたり桃太郎様!」「折角此処まで御供したものを、」「此処で御暇とは御情無う御座ります。」「如何なる荒海荒磯も、」「いつかな恐くは御座りませぬ故、」「此後共に御供を、」「偏へに願ひ奉ります。」と口を揃へて願ひましたる言葉、如何やら勇気も出た様子ですから、桃太郎も得心致し、「然らば供に召連れつかはす。随分共不覚を取るな!」と尚も味方を励ましながら、やがて船の用意を致して、八重の塩路を乗り出しました。
折から吹き沿へる西風に、帆はさながら太鼓の如く、東をさして驀地に、波を蹴立てゝ走る船は、矢をも欺く斗りの勢、見る見る中に以前の浜辺は、霞の中に包まれて、 影も形も見えなく成りました。初めの中こそ気味悪がつた、三匹の下来共も、馴れては更に恐るゝ色なく、毎日船の舳へ出て、鬼か島はまだ見えぬかと、それのみ待ち倦飽で居りましたが、果は退屈まぎれに、各自得意の自慢話から、日頃嗜好の芸尽し。犬がチンチンをすれば、猿は物真似をする。雉子も亦負けない気に成て、ケンケンホロホロと、節面白く歌を唄ふと云ふ騒ぎ、桃太郎も興に入て、暫は旅路憂苦を忘れました。
順風に帆を揚げました事ゆゑ、船脚殊の外速く、何時の間にやら鬼か島は、前面の方に見えて来ました。
海の上から見渡しますと、鑿を以て刪り取たる如き岩の上に、黒鉄の門、黒鉄の垣を結ひ廻らし、中には黒鉄の瓦を敷きつめた、大廈高楼棟を交へ、其間に旗幾流となく樹てならべて、その要害の厳固さ、中々一通では御座いません。
桃太郎は舟の舳に立て、小手をかさして見てありましたが、やがてきつと心付き、後に扣へた雉子を招きまして、「其方翼の有るを幸ひ、是より彼処へ飛で行き、斯様々々に取り計らへよ。」と何か計略を授けますと、雉子はハツと心得て、其儘身支度をなし、勇み進んで飛んで参りました。
雉子は大将の命を受けて、驀地に飛で参りましたが、やがて鬼か島の真中なる、城の屋根に降り立ちまして、羽ばたきを一ツしながら、「やアやア此島の内に住居なす、鬼共確に承はり候へ、只今此処へ天つ神の御使、大日本の桃太郎将軍、征伐の為めに出向ひ賜ふ。命が措くば速に角を折り、宝を捧げて降参せよ。若し又刃向ふ時に於ては、かく云ふ雉子を初めとして、斑「ましら」の猛将の面々、日頃鍛へた牙にかけて、片ツ端から汝等を、咬み殺して呉れるぞ!」と大音声に呼はりました。
すると此島の悪鬼共、之を聞いて大ひに笑ひ「シヤ小賢かしや野雉子奴。征伐呼はり片腹痛し、イデ此の鉄棒の味を見よ。」と虎の皮の犢尾褌を、〆め直しもせず飛び掛つて、微塵に成れと打ち降ろす。此方の雉子も元より去る者、小癪なりと引ツ外づし、嘴を反らして鬼の脳天を、只一ト突に突き倒す。之を見て一匹の赤鬼、又も鉄棒で打つてかゝる奴を、仝しく胸板を突き破る。又来る鬼を爪で蹴返し、続いてかゝるを突飛ばし、此処を先途と闘ひました。
其中に斑犬山猿は、船からヒラリと陸へ飛び下り、はや大手の鉄門を破つて、ドツと斗りに踊り込みました。
敵は一羽の雉子のみと思つた処へ、又犬猿の二匹の者が、獅子奮迅の勢で、矢庭に踊り込で参りましたから、鬼も今は一生懸命、ソレ其奴を迫ツ払へ、彼奴を打ち取れツと云ふ下知の下、赤青黒の小鬼共、三手に分れて拒ぎ闘ひ、其鯨波声は岸を打つ、荒浪の音と一緒に成て、一時は天地も崩るゝ斗り、凄ましいとも恐ろしいとも、筆紙に尽されぬばかりです。
が、先方は寝耳に水、此方は兼て覚悟の前。寄手に七分の強味あれば、敵には十分の弱味がありますから、さしもの鬼も拒ぎ兼ね、見る見る中に追ひまくられて、海に溺れて死ぬもあれば、岩に落ちて砕けるもあり。其他犬猿雉子の牙にかゝつて討たれる者数を知らず。果は鬼か島に生残る者は、頭の大鬼斗りと成りました。
すると件の大鬼も、敵はぬ処と覚悟をしたか、やがて鉄棒をカラリと投げ棄て、自分で自分の角をペツキと折て、宝物と一所に桃太郎の前へ出し、蜘蛛の様に平伏して、「ハヽツ恐入つた桃太郎様の御威勢、此上は何しに抵抗致しましやう、今日限り心を改め、降参致しまする程に、命斗りは御助けさい!」と涙をポロポロ流しまして、意気地なくも降参と来ました。
桃太郎は之を見て、カラカラと打ち笑ひ、「命斗りは御助けとは、面に似合はぬ弱い奴だ。然し其方は永の間、多く人間を害めたる罪あれば、所詮生け置く訳にはゆかぬ、是より日本へ連れてゆき、法の通り首を刎ね、瓦となして屋根上に梟すから、免かれぬ処と覚悟を致せ!」と、其場で縄をかけて猿に之を曳かせ、又犬と雉子には、ぶん取りましたる宝物。まづ隠簑、隠笠を初めとして、打出小槌、如意宝珠、珊瑚、玳瑁 、真珠の類を、大きな函に入れて担がせ、再び以前の船に乗て、目出度凱陣を致しましたとさ。待ち焦れた爺さん婆さんの喜悦は申し上る迄もない事。いよいよ市か栄えましたとさ。めでたしめでたし。
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