インターネット版

児童文学資料研究
No.77


  発行日 1999年8月15日
  発行者 〒546-0032 大阪市東住吉区東田辺3-13-3 大藤幹夫


目  次


1998年上半期紀要論文[補遺]大藤幹夫編
1998年下半期紀要論文大藤幹夫編
島田忠夫の個人誌「田園」のこと(その1)上田信道
二反長半「戦時下に於ける児童読物」(「保育」)藤本芳則

1998年上半期紀要論文[補遺]

大藤幹夫編

[特集] 「論攷宮沢賢治」第2号(中四国宮沢賢治研究会) 3.31

  • 賢治の戦争 押野武志 1-11p
  • 《よだか》の行方―「南京の基督」・「万延元年のフットボール」を視座に― 鈴木健司 12-24p
  • 宮沢賢治「山男もの」における「貨幣」のモチーフについて―童話「山男の四月」を中心に― 秋枝美保 25-35p
  • 「銀河鉄道の夜」とタイタニック号事件をめぐって 山根知子 36-49p
  • 宮沢賢治・文語詩五十篇/〈詩系譜〉の論へ(下)―[翔けりゆく冬のフェノール]試注から― 島田隆輔 50-61p
  • 河本緑石資料 その1 作品掲載誌・書目一覧 木村東吉 62-83p
[日本児童文学]
  1. 「若松賎子訳『小公子』による「教育する母親」の言遂行的構成―明治20年代前半における「日本児童文学」の言説編制―」 目黒 強 「国語年誌」第16号(神戸大学国際文化学部) 102-114p 2.15
  2. 「須知徳平論―「南部牛方節」「春来る鬼」における〈まれびと〉の実体化―」 須藤宏明 「東北文学の世界」第6号(盛岡大学文学部日本文学科) 71-84p 3.17
  3. 〈資料紹介〉「説教源氏節をめぐって―愛知県下に現存する正本・床本について―」 斉藤寿始子 「説話・伝承学」第6号(説話・伝承学会) 103-116p ※新美南吉に言及 4.25
[宮沢賢治]

  1. 「宮沢賢治における共生思想―四次元論が意味するもの―」 島田■子 『東西における知の探求』(北樹出版)峰島旭雄教授古稀記念論集 405-418p 1.22
  2. 「宮沢賢治と輪廻思想」 頼住光子 『東西における知の探求』(北樹出版)峰島旭雄教授古稀記念論集 419-430p 1.22
  3. 「「オツベルと象」小論(承前)―オツベルの世界と象の世界―」 井上寿彦 「東海学園国語国文」第53号(東海学園女子短期大学国語国文学会) 33-51p 3.15
  4. 「イ―ハト―ヴ童話 宮沢賢治「山男の四月」論―山男の思考推移の過程を追う―」 小田尚美(学生)「盛岡大学日本文学会研究会報告」第6号(盛岡大学日本文学会) 26-33p 3.15五
  5. 「イ―ハト―ヴ童話 宮沢賢治「烏の北斗七星」論―大尉の思考推移を追う―」 斉藤照恵(学生)「盛岡大学日本文学会研究会報告」第6号(盛岡大学日本文学会) 34-41p 3.15
  6. 「『銀河鉄道の夜』改稿考―空間から時間へ―」 菅野 博 「語文論叢」第25号(千葉大学文学部国語国文学会) 47-61p 3.15
  7. 「賢治と啄木とチャグチャグ馬コ」 門屋光昭 「東北文学の世界」第6号(盛岡大学文学部日本文学科) 50-70p 3.17
  8. 「「なめとこ山の熊」論―賢治テクストにおける人間中心主義について―」 木村 「功宇部国文研究」第29号(宇部短期大学国語国文学会) 169-180p 3.20
  9. 「宮沢賢治の手ざわり」 信時哲郎 「神戸山手女子短期大学 環境文化研究所紀要」第2号(神戸山手女子短期大学) 15-25p 3.31
  10. 「「オツベルと象」小論―オツベルは死んだか―」 井上寿彦 『東海学園女子短期大学国文学科創設三十周年記念論文集 言語・文学・文化』(東海学園女子短期大学国文学科) 281-300p 4.1
[世界児童文学]
  1. 「魯迅の児童文学成立のプロセス―児童文学に託した思い―」 岡村由華 「NOVITAS」6号(帝塚山学院大学国際文化学会) 36-56p 3.20
  2. 「「星の王子さま」にこめられたメッセ―ジについて」 橋本征子 「滝川国文」第14号(国学院短期大学国文学会) 47-59p 3.23
[童謡・唱歌]
  1. 「「新しい童謡集」の諸要素の分析と考察 その4―詩の情景や心象を、どのように音楽表現しているか。その多様性と豊かさについて―」 矢田部 宏 「教育研究所年報」第5号(平安女学院短期大学附属教育研究所) 28-65p 3.31
[絵本・漫画]
  1. 「〈語り〉としての漫画の構造―〈笑い〉の意味するもの―」 古岩井嘉蓉子 「文体論研究」第44号(日本文体論学会) 24-35p 3.25

1998年下半期紀要論文

大藤幹夫編

「研究「子どもと文化」」(中部子どもと文化研究会)第7号 7.1

  • 「なぜ、クララは歩けるようになったのか―アニメーション『アルプスの少女ハイジ』の比較検討―」 山下信子 01-14P
  • 「魅力ある絵本の構成―『パンはころころ』と『おだんごぱん』の読者の反応を通して―」 阿部(滝口)紀子 15-41P
  • 「あまんきみこ著書目録(2)」 石原志保 42-65P
  • 「児童雑誌『コボたち』(岐阜児童文学研究会編)の細目(3)」 棚橋美代子・水野和子 66-128P
「梅花児童文学」(梅花女子大学大学院児童文学会)第6号 7.5
  • 「小波お伽噺の基点を探る―彼の観劇との関わりから―」 勝尾金弥 1-21P
  • 「現代児童文学の動向(一)―「まど・みちおの世界」展を中心に―」 谷 悦子 22-41P
  • 「『コアックス女王』に見る変身―肉体か精神か―」 山根尚子 01-14P
  • 「100年後のFabulous Histories―英国19世紀末及び20世紀初頭の諸版の分析―」 多田昌美 15-31P
  • 「アーサー・ランサムの少女像―冒険する少女はどこからきたか―」 松下宏子 32-49P 
  • 〈研究ノート〉「E.Nesbitの短編作品に関する一考察―雑誌掲載作品の検討を通して―」 内海幸代 50-65P
「白百合児童文化」(白百合女子大学児童文化学科)\ 11.×
  • 「物語化における〈濃密化〉と〈希薄化〉の二つのタイプ」 石井直人 77-90P
  • 「北原白秋ノート(九)―童謡から児童自由詩へ」 宮沢賢治 91-100P
「梅花女子大学 文学部紀要(児童文学編15)」32(梅花女子大学文学部) 12.25
  • 「児童文学の手法 3―創作の森へ―」 横山充男 1-38P
  • 「翻刻・黒本『むかしむかし御ぞんじの兔』」 加藤康子
    39-56P
  • 「阪田寛夫の幻想的世界―時空を越える意識―」 谷悦子 
    57-82P
  • 「多文化理解と子どもの本―The "Nursery" Seriesと『世界の子供叢書』の場合―」 三宅興子 83-102P
  • 「「パロディソング」に見る「子どものコスモロジー」」 鵜野祐介 1-24P
  • 「B・E・チェンバレンのAINO FAIRY TALESについて」 石澤小枝子 25-57P
[児童文学一般]
  1. 「紀元二千六百年・全日本童話教育大会」 畠山兆子 『戦時期日本のメディア・イベント』(世界思想社) 197-213P 9.1
  2. 「『少年園』における表象としての「現実」と「地方少年」」 目黒 強 「日本文学」(日本文学協会)第47巻第12号 10-18P 12.10
  3. 「月刊絵雑誌「幼年画報」(5)―解題と細目」 鳥越信/村川京子/福島右子/滝川光治 「聖和大学論集(教育学系)」第26号A(聖和大学) 19-43P 12.20
  4. 「児童文学の演劇的成立について(1)」 谷本誠剛 「関東学院大学文学部 紀要」第84号(関東学院大学人文科学研究所) 107-150P 12.25
[日本児童文学]
  1. 「手袋を買ひに」の誕生―成立時期の問題―」 北 吉郎 「高知大学教育学部研究報告」第1部第56号 1-9P 9.×
  2. 「小川未明・第三童話集『金の輪』の世界―霊魂の不滅と永遠への憧憬についての考察―」 中島龍子 「いわき明星大学・語学」第6号(いわき明星大学日本文学会) 85-104P 10.16
  3. 「壷井栄論(12)―第三章 激流(3)―」 鷺只雄 「都留文科大学研究紀要」(都留文科大学)第49集 23-58P 10.20
  4. 「芥川龍之介『杜子春』論」 小林幸夫 「ソフィア」1998年秋季号(上智大学) 52-66P 10.30
  5. 「『一房の葡萄』の世界―反キリスト教児童教育観を機軸に―」 大田正紀 「梅花短大 国語国文」第11号(梅花短期大学国語国文学会) 7-28P 11.1
  6. 「芥川龍之介と北原白秋―童心と神秘の視角から―」 武藤清吾 「名古屋近代文学研究(名古屋近代文学研究会)」第16号(名古屋近代文学研究会) 88-108P 12.20
  7. 「子どもたちは本をどのように楽しんでいるか:「ズッコケ3人組」の魅力」 西川由紀子 「華頂短期大学研究紀要」第43号 82-90P 一二・二〇
  8. 「失われた愛を求めて(一)―南吉の〈闇〉―」 北 吉郎「高知大学学術研究報告」第47巻人文科学 11-28P 12.25
  9. 「失われた愛を求めて(二)―恋愛関係における南吉の〈闇〉―」 北 吉郎 「高知大学学術研究報告」第47巻人文科学 29-41P 12.25
[宮沢賢治]
  1. 「そのときふとうしろを見ますと…―「注文の多い料理店」問題―」 須貝千里 「日本文学」第47巻第8号(日本文学協会) 12-24P 8.10
  2. 「「下ノ畑ニ居リマス 宮沢賢治」」 臼沢靖子(学生) 「帝京国文学」第5号(帝京大学国語国文学会) 343-362P 9.30
  3. 「ジョバンニの切符」 定方 晟 「東海大学紀要文学部」第69輯 1-26P 9.30
  4. 「『風野又三郎』の啓蒙=\飛行と帝国主義―」 米村みゆき 「国語と国文学」(東京大学国語国文学会)第75巻第10号 28-42P 10.1
  5. 「宮沢賢治における「幻想」と「幻燈」」 吉江久弥 「鳴尾説林」第6号(武庫川女子大学日本文学談話会) 36-48P 11.30
  6. 「"テパーンタール砂漠"と童謡「月の沙漠」」 吉江久弥 「鳴尾説林」第6号(武庫川女子大学日本文学談話会) 49-53P 11.30
  7. 「四一五[暮ちかい 吹雪の底の店さきに]考」 木村東吉 「島根大学教育学部紀要」第32巻(人文・社会科学編) 1-15P 12.1
  8. 「「注文の多い料理店」(宮沢賢治)の授業に関する総合的研究」 上谷順三郎・高橋一佳・藤沢あや子・小田カヅエ・山下佳子・須知結太郎 「岩大語文」第6号(岩手大学語文学会) 1-34P 12.4
[世界児童文学]
  1. 「「小さな茶色いねずみのお話」をめぐって―スナッグとセリーナの物語―」 中野節子 「Otsuma Review」第31号(大妻女子大学英文学会) 7-19P 7.1
  2. 「アリスの不思議の国の意味論の冒険―その1―」 小木野 一 「国際文化研究所「論叢」」第9号(筑紫女学園大学・短期大学国際文化研究所) 47-58P 7.31
  3. 「少年ジムはどこへ行く―『宝島』を読む(1)―」 岩尾龍太郎 「西南学院大学 国際文化論集」第13巻第1号(西南学院大学学術研究所) 239-266P 9.25
  4. 「ジオノ『木を植えた男』の構造と象徴」 宇田川和夫 「研究紀要」第27号(日本大学経済学研究会) 117-126P 10.20
  5. 「「絵本」および「小説や物語」に観られるAllan Ahlbergの特性」 山本真知子 「姫路日ノ本短期大学 研究紀要」No.26 51-75P 12.20
  6. 「C・S・ルイスにおける「憧れ」―「ナルニア国年代記」の一つの読み方―」 川崎佳代子 「英米文学」第9号(神戸山手女子短期大学英文学科) 65-83P 12.25
  7. 「ネモ船長とはだれか」 大友徳明 「関東学院大学文学部紀要」第84号(関東学院大学人文科学研究所) 3-16P 12.25
[童謡・唱歌]
  1. 「金子みすゞと大正期児童文学―空いろの花のレジスタンス―」 藤本恵 「国文」第89号(お茶の水女子大学国語国文学会) 62-71P 7.15
  2. 「金子みすゞ「積つた雪」の語用論的分析 非並行的解釈を動機づける構造的条件」 高木條治 「上越教育大学研究紀要」第18巻第1号 165-180P 9.30
  3. 「国語・国詩・国民詩人―北原白秋と萩原朔太郎―」 坪井秀人「文学」第9巻第4号(岩波書店) 56-68P 10.12
  4. 「童謡詩人「金子みすゞ」について(その1)」 堀江 晋 「新島学園女子短期大学紀要」第16号 179-189P 10.31
  5. 「クリスマスの12日―英国伝承童謡研究―」 福山 裕 「論叢」第62号(秋田経済法科大学短期大学部) 1-27P 11.1
  6. 「童謡考」 吉田裕一 「岩大語文」第6号(岩手大学語文学会) 9-13P 12.4
  7. 「唱歌の変容と多様性における一考察」 羽根田真弓「鳥取女子短期大学研究紀要」第38号(鳥取女子短期大学) 31-42P 12.10
  8. 「幼児の歌う活動に関する一考察 その2―歌詞と旋律の関係をとおして―」 山浦菊子/中村千晶「聖和大学論集(教育学系)」第26号A(聖和大学) 47-58P 12.20
[民話・昔話]
  1. 「グリムとヘーベルにおけるユダヤ人像」 奈倉洋子 「京都教育大学紀要A(人文・社会)」No.93(京都教育大学) 141-156P 9.30
  2. 「昔話「猿の生き肝」の日・韓比較考察」 孫 秀珍 「国語の研究」第25号(大分大学国語国文学会) 80-89P 10.20
  3. 「三枚の「天の布」をめぐって―児童文学における物語叙法(1)―」 谷本誠剛 「関東学院大学文学部紀要」第83号 55-86P 12.25
  4. 「グリム童話「蛙の王さま」考―書き換えにみられるグリムの意図及び姫のPubertatについて」 小林徳子「アレン国際短期大学紀要」17号 45-56P 12.31
[絵本・漫画]
  1. 「「児童文化」における演習指導の試み―絵本作家の研究と作品論」 前川貞子 「紀要」第29号(奈良文化女子短期大学) 91-96P 11.1
  2. 「マンガと読書―マンガは読書への動機づけとなるか―」 漢那憲治 「沖縄キリスト教短期大学紀要」第27号(沖縄キリスト教短期大学) 77-86P 12.17
  3. 「保育現場における絵本の役割(その2)」 寺村輝夫・渡辺めぐみ 「文京女子大学紀要(人間学部)」第2号(文京女子大学総合研究所) 71-80P 12.20
[児童文化]
  1. 「となりのトトロ≠通して見える子どもの心」 酒井 均 「国際文化研究所「論叢」」第9号(筑紫女学園大学・短期大学国際文化研究所) 75-81P 7.31
  2. 「続・かごめかごめ論―闇、あるいは悪をめぐって―」 中川香子 「聖和大学論集(教育学系)」第26号A 75-85P 12.20

島田忠夫の個人誌「田園」のこと(その1)

上田信道

 『柴木集』(島田忠夫 1928年6月5日 岩波書店)の複刻版が出たおり、解説書に短文を書いたことがある。実は、紙数制限もあって、気にはなっていたけれども、解説に書き残したことがあった。それが個人誌「田園」のことである。平林武雄「童謡詩人島田忠夫―その人と芸術」(「童話」1986年4月〜8月)は島田に関する唯一の本格的な研究文献であるが、ここにも誌名すら出てこない。しかし、島田の第二童謡集『田園手帖』(1943年8月20日 照林堂書店)や、構想だけに終わった幼年詩集『どぜうの夜学』といった晩年の著作活動の上で、重要な意味を持っている雑誌である。
 ただ、この個人雑誌は全部で何冊が出たのかという事情は全く不明。実見することのできたのは全部で5冊にすぎないが、印象としては、それほど多くの号は出ていないような気がする。
 創刊の趣旨は島田自身が「各種の作品を発表する雑誌の欲しいことは年来の希望」であったこと、「私如き者に就いて意見を徴せんとする若い人々」のためであったという。この頃、島田は詩歌研究の為に「花束会」、童謡詩研究の為には「童会」というサークルを主宰している。もっとも、「花束会」の方でも童謡の研究をしていたようで、必ずしも画然と区別していたのではなかろうと思われる。それはともかく、各自が原稿を持ちより、島田を中心に批評しあい研鑽するサークルであったらしい。おそらくはこうした会合等に出たうちの秀作を、この雑誌にまとめて掲載したのであろう。
 創刊号は1936(昭11)年5月5日付の発行、縦22×横15センチ、33頁で、価格は40銭。表紙絵は野間仁根(二科会)による。小冊子とはいえ、個人誌としてはあか抜けしたしゃれた造りになっている。発行所は「田園発行所」で、所在地は東京市荒川区日暮里町の青雲寺内となっている。内容は次のとおりである。([ ]内は上田が補記したことを意味する。以下同じ。)

  • 泣きコブの話(民話) 早川孝太郎
  • 白衣の処女(小曲) 島田忠夫 
  • 青蘆集(童謡詩)
    「なまづ」市川健次/「山の月夜」原田小太郎/「笛」山口正夫/「とんぼ」加藤明治/「大狭山」岡崎セツ子
  • 思ひ出の動物1(随筆) 山口隆一 
  • 悼寺田寅彦先生(短歌) 島田忠夫 
  • 渓音抄(短歌) 梓ゆみゑ 
  • 花束集(小曲・詩)
    「春宵」高橋義雄/「山里」大堀秀雄/「離愁」上原 清
  • 雷鳥集(童謡詩)
    「風の日」片平庸人/「村の秋」蛭田佳伸/「山」山崎義男/「青梅」加藤あきら/「アヲガヘル」坪松一郎/「がじよ」菊地慶治/「日ぐれ」山田晴夫
  • 杉生集(短歌)
    「奧高原」 斎藤 大/「春秋抄」恩田まつ子
  • 御野立所(童謡詩) 島田忠夫 
  • ラムプに(童謡詩歌) 加藤文輝 
  • 雛(随筆) 生方たつゑ
  • 星屑集(小曲・詩歌)
    「ばら」徳重千歳/「小鳥の歌」小沢つる/「湖のひびき」北原水江/「悼花譜」私市俊子/「女性の幸」宮本きよ子
  • 南窓[雑記]
    「烏」市川健次/「小さなボキヤブラリー」加藤文輝/「昔話」原田小太郎
  • 恨花(小曲) 青芝港二 
  • 春信(詩) 辰巳和子 
  • 三つの話(童話) 島田忠夫 
  • 刊行所便 島田忠夫 
  • 表紙・扉・カツト 野間仁根 

 第二号は1936(昭11)年6月5日付の発行。判型は創刊号と同じで、49頁に増頁され、価格は40銭。創刊号に続いて表紙絵は野間仁根の手になる。月刊を目指したものか、表紙に「七月号」とある。寄稿者のうち、瀬畑芳江はのちに島田の妻(1939年4月結婚)となった。うぶかた・みちこはまだ幼い子どもで、子どもらしい素直な表現で異彩を放っている。島田の「信濃の春」は、ほぼ『田園手帖』に収録された。
  • 表紙・扉・カツト 野間仁根 
  • 産土神の話(遺稿) 佐々木喜善
  • 伝教大師童形像鑚仰歌(詩) 島田忠夫 
  • 郭公集(童謡詩)
    「お盆」「東京のお客」菊地慶治/「山の温宿」加藤明治/「おぼろ夜」高田琢朗/「習志野練兵場」山田晴夫/「芽立ち」藤尾晃二
  • 野沢温泉(短歌) 島田忠夫 
  • 思ひ出の動物2(随筆) 山口隆一 
  • 信濃の春(童謡詩)
    「山ざくら」「筧」「山の湯」「野沢の春」島田忠夫
  • 綾 鼓(短歌) 梓ゆみゑ 
  • 花束集(小曲・童謡)
    「哭く」水島紀子/「風鈴」山路不二男/「乙女椿」池野みち春/「夕ぐれ」川端亮一/「梅の実」笹木春恵/「里の処女」鈴木巳智雄/「病と雨」大塔峯彦/「晩春」瀬畑京子/「旅人」堤 栄子/「母」峰野 峡/「とこば」うぶかた・みちこ/「蜘蛛の巣」田村しげを/「夜ざくら」田中正三
  • 緑愁吟(短歌) 中川化生
  • 山峡(随筆) 生方たつゑ
  • 紅板(小曲) 
    「紅板」「浅宵」島田忠夫
  • 草家集(童謡詩)
    「月夜」市川健次/「雨の日」片平庸人/「野風呂」恩地淳一/「いくさごつこ」蛭田佳伸/「鳩の墓」山口正夫/「りんご」「西瓜」原田小太郎
  • 奈良新緑(小品) 辰巳和子 
  • フランス人形(小曲) 青芝港二
(以下次号)

二反長半「戦時下に於ける児童読物」(「保育」)について

藤本芳則

 「保育」は、大阪毎日新聞社会事業団内におかれた全日本保育聯盟から昭和12年4月に創刊。誌名のとおり、保育をめぐる知識や技術を主な内容とするが、児童文学・文化関係の記事も見られる。戦前刊行分からいくつかを次に列挙しておく。

まど・みちを「トマツテ イイヨ」(詩 12号)
小川未明「知りつゝ行はれざること」(随筆 13号)
槙本楠郎「古民謡に現はれた母と子」(評論 13号)
国分一太郎「一年」(創作 15号)
まど・みちを「マメサン」(詩 16号)
川崎大治「ラツパの幼稚園」(創作 17号)
まど・みちを「ヤクメ」(詩 18号)
波多野勤子「子供の絵本の選び方」(評論 18号)
岡本良雄「蟻とテンタウ虫」(創作 22号)
下畑卓「アサトヒルトヨル」(創作 24号)
下畑卓「オナジアメデモ」(創作 38号)
芦谷芦村「幼児童話について」(評論 45〜48号連載)
横井曹一「保育と絵本」(評論 46号)
砥上峰次「幼児の為の紙芝居の問題」(評論 46号)
武田雪夫「まひ子の蝶々さんのお話」(創作 48号)
松美佐雄「時局とお話の改作」(評論 56号)
槙本楠郎「雪の原つぱ」(創作 58号)
武田雪夫「チュンチュン子雀」(創作 62号)
小出正吾「風と木の話」(創作 85号)
二反長半「戦時下に於ける児童読物」(評論 89号)
 16、18号掲載のまど・みちをの詩は『まど・みちお全詩集』(1993年5月7刷)に未収録。
 以上のうち、89号(昭19年11月15日)に掲載された二反長半「戦時下に於ける児童読物」を紹介したい。
 まず、「きびしい戦のさ中において、他の文化面に比べて、いまだに、確かな理念をも持ち得ず彷徨してゐるかに見えるのが、少国民文化である」と現状認識を示し、その理由を、「対象が子供だからといふことによつて、子供をきびしい戦ひの外にをかうとする。日本的ならざる純粋の名のもとに少国民文化を置かうとしてゐる」ところに求める。さらにことばをかえて、「児童そのものゝ実在はすでに武装し、同じく武装した学校とともに、大きい戦ひを戦つてゐるのに、それに対する文化面が、武装どころか、ことさらに子供を戦ひから目かくしさせやうとしてゐるかにさへ謬まれがちに見られるのは悲嘆のこと」という。
 ややわかりにくところもあるが、子どもと「戦い」を直接に結びつける発想が今の「少国民文化」に欠如しているということであろう。
 日本の「偉大なる歴史を創造した性格と性能」は、「三千年むかしからの大和民族、上御一人のおほみたからの歴史のたまもの」(傍点原文)であり、「この歴史の力を現代的性格に生かせる、そこにまことの国民文化があり、その基本訓練たるところに少国民文化がある」と主張。
 児童読物の現状は、「あまりにも目にあまる」状態であり、「少国民文学が、敵国の謀略にかゝつてゐるのではないかといふ声さへ聞く」と述べ、その理由に「児童読物作家に、まことに日本の志を身につけた作家の少ない」ことを指摘する。これを文字通りに受け取れば、多くの児童読物作家は、時局に両手をあげて迎合しなかったことになる。現在の視点に立てば、そのような作品には、むしろ積極的な意味を見出すことができるだろうが、実際に「敵国の謀略にかゝつてゐる」ような作品があるのだろうか。二反長の指摘は、時局迎合の発言というべきではないか。
 児童読物は佐伯郁郎の力により悪書凡書の類は影をひそめたにもかかわらず、「なぜ児童読物は、その正統を伴つてゐないか」といえば、作家の貧困に原因がある。作家のうち何人が、「まことの日本少国民文化の志」を身につけているか。「この志のない文学は、戦時下児童の読物としては、きびしい批判の前に立つべきもの」だと断言し、この見地から以下何人かの「幼児幼年もの作家」が評される。
 山田(奈街)三郎は、「どの作家よりも、幼児の性格をよくつかまへ、その上にたつた幼児文学として新風を起こした」と評価され、「ときどき微笑しいユモラスの感じられるのは幼児物として特異な存在」とみる。
 与田凖一は、おおむね好評ながら、「一つの危険を感じていゐる。といふのは、文章にげんがく的と思はれるほどの技功をもつとともに、その精神が一つの芸術性に立つてゐる」(傍点原文)ことを危惧する。「芸術性に立」つことがなぜ「危険」なのか。「少国民文化とは、民族文化国民文化のさいしょの訓練」であるから、「子供たちへの文化は、だからたんなる芸術的文化であつてはならない」というところから導かれてくる。
 巽聖歌は、「ときどき子供に理解できないやうな文章を見つけることがある。詩人の文章の美といつてしまへないこと」だと、子どもに理解できるかどうかを問う。
 塚原健二郎は、「氏の作品がその苦心に比してどのていどの感受を子供にうけとらせてゐるかである。われわれには実に立派な作品であつても、子供は少し頭をかしける。」
 後藤楢根は、「児童の理解と生活に立脚して、まごころをもつてかきつゞられてゐることにその誠実さをみる」し、「日本的志のあり方もはづれていない」と取り上げられた中では、最も好意的である。
 関英雄は、「大人がよむ場合は、一つの郷愁を感じさせるかも知れないが、子供にとつてはたゞ単なる生活環境の作文としか受けとれぬではなからうか。しかもあの文章も又大人のものである」と批判にされる。
 最後に、「かうした童話作家とは異なつた畑の清閑寺健氏の存在が児童読物界に一つの大きな光りを出してゐる」として、「「江田島」をはじめ海軍ものに立ち向ふ氏の児童読物こそ戦時下子供たちへのよき伴侶であらう。山本元帥等の絵本にもつよい息吹をふきこんでいる。大木雄二氏の武将物も亦その一連である」と結ぶ。二反長半の評価基準がどこにあったかは、明らかであろう。
 最後に、出版点数にふれ、その貧困を嘆きつつ、「私は出版企画がつねに、国家的な大きな観点からなされるものであるとともに、児童文学作家に真に歴史観に立つた道念のために描く草莽の作品を期待する」と結ばれる。