インターネット版

児童文学資料研究
No.78


  発行日 1999年11月15日
  発行者 〒546-0032 大阪市東住吉区東田辺3-13-3 大藤幹夫


目  次


1999年上半期紀要論文紹介大藤幹夫編
明治期少年雑誌「少年のとも」「家庭教育 絵はなし」「学の友」藤本芳則
島田忠夫の個人誌「田園」のこと(その2)上田信道

1999年上半期紀要論文紹介

大藤幹夫編

「国際児童文学館紀要」第14号 3・31

  • 雑誌「小国民」(のち「少国民」)解題(6) 鳥越 信
  • 滝沢素水の児童文学 上田信道
  • プロレタリア童話作家ヘルミーニア・ツア=ミューレン 人と作品―ドイツ語圏の子どもの本1920年代光と影 その1― 上野陽子
  • 大阪国際児童文学館における物語体験の可能性(6)―「木」の連続ワークショップ― 土居安子
  • 子どもと本との出会いの場に求められる条件 その(3)―大阪国際児童文学館こども室の観察を通して― 今村芳恵・永田桂子
  • 金井信生堂・絵本目録(2)―第2期〈その1〉1924(大正13)年から1928(昭和3)年まで― 大橋真由美
  • 雑誌「日本之少年」(博文館)細目(1) 西嵜康雄・高橋静男・鳥越 信
「新美南吉記念館 研究紀要」第5号3・×
  • 新美南吉の詩・童謡―叙事体で語る実存― 谷悦子
  • 東京における南吉の足跡調査についてT―南吉が暮らした寮と下宿― 遠山光嗣
「白百合女子大学児童文化研究センター 研究論文集」V 3・×
  • 『グリム童話集』第2巻初版本(1815年)の研究 間宮史子
  • 日本の昔話における「小人」のイメージについて 今井純子
  • ルーシー・ボストンの文学世界の背景としてのPersephone―『海のたまご』との関係において― 藤代恵美子
  • 昔話絵本の可能性を考える―エド・ヤングのLon Po Poにおける不可解さの意味― 藤本朝巳
「ワルトラワラ」11(ワルトラワの会) 5・10
  • 宮沢賢治のめざしたもの/連載第8回・第4章=ビック・バン 扉のむこうへ/第2部・銀河鉄道の終着駅(4) 松田司郎
  • 雁のチョコレート イーハトーヴ・異界への旅(11) 牛崎敏哉
  • 長編詩「小岩井農場」……農場現場からの解読[7] 原風景を歩く(第7回) 岡澤敏男
  • [新]校本宮澤賢治全集・校異篇を食べる・その2 イーハトーヴ料理館 第9回 中野由貴
「児童文化」第31号(東海児童文化協会)5・31
  • 『ミリー・モリー・マンディーのおはなし』―イギリス幼年童話、60年後の翻訳 磯部孝子
  • 少女ダイシー―シンシア・ボイトの試み― 高橋博子
  • 夢から無欲に至る、生きることの四つのテーマ―立原えりかの愛≠基調とする文学から― 小尾出雲
  • メースン夫人は、本当にいやらしいのか―ウルストンクラフトの『オリジナル・ストーリーズ』を読んで― 織田まゆみ
[児童文学一般]
  1. 「「真実らしさ」はどう描かれたか「「現代児童文学における「ファンタジー」の展開・覚え書き「「」 高山善樹「愛知大学国文学」第38号 1-14頁 1・10
  2. 「少女小説の《現在》」 彌田美輝「語学と文学」(九州女子大学)第29号 59-72頁 3・1
  3. 「世界の児童文学における妖怪の変容―比較文化社会論の視座から―」 浅香幸枝「名古屋聖霊短期大学紀要」第19号(名古屋聖霊短期大学) 133-142頁 3・10
  4. 「大衆児童文学の昭和史序説―『改造』の少年・少女小説批判―」 根本正義「文学と教育」(文学と教育の会)第37集 57-64頁 6・25
[日本児童文学]
  1. 「新美南吉の児童文学―火と愛をテーマとして―」 佐藤夕子「日本文学ノート」(宮城学院女子大学日本文学会)第34号 104-114頁 1・20
  2. 「ウーフの読まれ方―大人の読みと子どもの読み―」 高橋久子「日本文学研究」(梅光女学院大学日本文学会)第34号 125-133頁 1・20
  3. 「失われた愛を求めて(3)―南吉の〈不幸者意識〉―」 北吉郎「高知大学教育学部研究報告」第1部第57号 1-14頁 1・×
  4. 「仮想化された家父長制イデオロギー―巌谷小波「少年小説」における「僕」の位相―」 目黒強「国語年誌」(神戸大学)終刊第17号 355-367頁 2・1
  5. 「大正初期・少年少女雑誌の〈台湾〉「宇野浩二『揺籃の唄の思ひ出』の背景として―」 蔀際子「金沢学院大学文学部紀要」第4集 66-80頁 3・1
  6. 「大人に聞かせたいことと、子供に聞かせたいと思ふこと―藤村童話―」 冨田和子「椙山女学園大学研究論集」(人文科学篇)第30号 91-98頁 3・1
  7. 「与謝野晶子「環の一年間」と「源氏物語」―次の世代に伝えようとしたこと―」 土屋葵(学生)「創造と思考」(湘南短大)第9号 34-37頁 3・10
  8. 「川村たかしの「歴史物語」について(1)―『絵船』へ到達するまで―」 堀江晋「新島学園女子短期大学紀要」第17号 107-115頁 3・25
  9. 「斎藤隆介作品「寒い母」を読む」 沼田純子『森重先生喜寿記念 ことばとことのは』(和泉書院) 365-384頁 3・31
  10. 「『少年アリス』論」 尾上晃一「梅花日文論叢」(梅花女子大大学院)第7号 41-51頁 3・31
  11. 「『幼きものに』鰐の懺悔話と幸福」 冨田和子「文化と情報」(椙山女学園大短大)第2号 23-30頁 6・20
[宮沢賢治]
  1. 「宮沢賢治論―日常と非日常の宇宙―」 岡屋昭雄「教育学部論集」(仏教大)第10号 35-54頁 3・1
  2. 「イーハトーヴ童話 宮澤賢治「鹿踊りのはじまり」論―「ほんたうの精神」をきく「わたくし」―」 大原志津香(学生)「盛岡大学日本文学会研究会報告」第7号 34-42頁 3・10
  3. 「「注文の多い料理店」の位置―表題作としての有様―」 大山 尚「国学院大学大学院紀要―文学研究科―」第30輯 131-148頁 3・10
  4. 「羅須地人協会の時代のおける宮澤賢治の音楽活動の変質について」 西崎専一「名古屋音楽大学研究紀要」第18号 37-61頁 3・10
  5. 「宮澤賢治「文語詩稿」における定稿性≠ノついての考察」 澤田由紀子「甲南大学紀要」文学編V 17-36頁 3・15
  6. 「宮沢賢治の短歌における形容詞」 芝典子「甲南大学紀要 文学編」V 37-56頁 3・15
  7. 「雑誌「月曜」の賢治童話・考」 続橋達雄「野州国文学」(国学院大栃木短大)第63号 1-21頁 3・15
  8. 「「蜘蛛となめくぢと狸」論」 向川幹雄「言語表現研究」(兵庫教育大)第15号 19-25頁 3・15
  9. 「宮沢賢治論―宮沢賢治という先生―」 榎本愛子「白門国文」(中央大)第16号 59-76頁 3・25
  10. 「試論:宮沢賢治と『不思議の国のアリス』」 堀江珠喜「英米言語文化研究」(大阪府立大)No.47 73-85頁 3・31
  11. 「宮沢賢治研究―1―賢治とソロー(1)」 関口敬二「英米言語文化研究」(大阪府立大)No.47 87-98頁 3・31
  12. 「宮沢賢治にみる伝道姿勢について」 瀬川貴博「教化研修」(駒沢大)第43号 91-97頁 3・31
  13. 「「白熊のやうな犬」考」 山下太郎「解釈」(解釈学会)通巻528・529号 58-62頁 4・1
  14. 「教育≠ニいうメディア―戦時期の児童映画『風の又三郎』を一ケースとして―」 米村みゆき「日本文学」(日本文学協会)第48巻第4号 69-79頁 4・10
  15. 「動詞表現が表す空間認知―カンパネルラの死の表現を巡つて―」 中村朱美「解釈」(解釈学会)通巻528・529号 40-46頁 6・1
  16. 「「嘉祥大師讃」について―賢治注解―」 工藤哲夫「女子大国文」(京都女子大)第百25号 108-128頁 6・20
[世界児童文学]
  1. 「『アンクル・トムの小屋』とドメスティック・イデオロギー」 福岡和子「英文学評論」(京都大)第71集 1-17頁1・30
  2. 「若松賎子訳『小公子』のジェンダー―「家庭の天使」としての子ども―」 高橋 修「共同研究〈子ども〉とことば」(共立女子大)研究叢書第17冊 7-40頁 2・26
  3. 「児童文学に見る価値観の相克が児童に及ぼす教育的効果 その1 Noel Streatfield著 The Growing Summerに於ける大伯母と子供達の価値観の相克が呈する意義」 稲田依久「大阪女学院短期大学紀要」第28号 17-28頁 3・1
  4. 「トールキン論―日常性の役割―」 水井雅子「金沢学院大学文学部紀要」第4集 99-106頁 3・1
  5. 「宮崎最勝と『青い鳥のをしへ』―メーテルリング「青い鳥」受容史考―」 畑中圭一「名古屋明徳短期大学紀要」第14号 319-350頁 3・5
  6. 「Adventures of Huckleberry Finnの英語―二重否定("double negative")の多用―」 那須頼雅・山本祐子「神戸女子大学文学部紀要」第32巻 1-11頁 3・10
  7. 「トールキンのThe Hobbitとその背景」 奥西洋子「相愛女子短期大学研究論集」第46巻 75-87頁 3・10
  8. 「アメリカ小説にみる家族の変容―「若草物語」から1990年代まで―」」 宮城正枝「香川短期大学紀要」第27号 17-23頁 3・20
  9. 「カナダ児童文学の動向と飛鳥 童の世界」 佐藤アヤ子「明治学院論集」第627号 55-71頁 3・31
  10. 「オスカー・ワイルドの「幸福の王子」をめぐって」 佐藤義隆「紀要」(岐阜女子大)第28号 109-118頁 3・31
  11. 「『若草物語』における女性の社会進出とヨーロッパ系移民」 菱田信彦「川村英文学」(川村学園女子大)第4号 23-33頁 3・×
  12. 「『秘密の花園』研究―『秘密の花園』における「言葉」と「インド」の関係―」 黒川賀永子「川村英文学」第4号 35-65頁 3・×
[童謡・唱歌]
  1. 「有本芳水と少年詩―旅の詩と「日本少年」―」 福田委千代「学苑」(昭和女子大学近代文化研究所)7百5号 16-27頁 1・1
  2. 「野口雨情の筆名の変遷について―新たに判明した筆名を中心として―」 金子未佳「解釈」通巻526・527号 6-12頁 2・1
  3. 「ヒット曲の変化と子どもたちの状況」 藤川大祐「金城学院大学論集」通巻第178号(人文科学編 第32号) 119-132頁 3・20
  4. 「子どものうた・うた遊びとジェンダー」 酒井明世「香川短期大学紀要」第27号 1-16頁 3・20
  5. 「謎の発生―「お月さん幾つ」考―」 武笠俊一「人文論叢(三重大学人文学部文化学科研究紀要)」第16号 25-34頁3・25
  6. 「資料紹介 明治期の倫理教育と唱歌 3―教育勅語関係唱歌・教育童歌―」 雨宮久美「日本大学教育制度研究所 紀要」第30集 73-136頁 3・25
  7. 「唱歌教育実践初期における改良歌の役割について」 滝川善子「頌栄短期大学 研究紀要」第30巻 39-54頁 3・30
  8. 「白秋童謡の「童心」についての一考察―大正期童謡運動を中心に―」 杉下英倫「国学院大学大学院 文学研究科論集」第26号 35-44頁 3・31
  9. 「皇極紀二年十月の童謡への接近 付・京のわらべうた・民謡文献目録」 中川正己「資料館紀要」(京都府立総合資料館)第27号 88-135頁 3・31
[昔話・民話]
  1. 「『幼稚園教育における〈お話〉の位置づけに関する研究』(その1)―明治期の「談話」にみる日本昔話を中心に―」 是澤優子「東京家政大学研究紀要」第39集(1) 79-88頁 2・1
  2. 「「書物」としてのチャップブックについて―1790年頃に出版された『シンデレラ』のチャップブックを中心に」 木村利夫「鶴見大学紀要」第36号 33-51頁 3・10
  3. 「青春の黒い仮面―グリム童話「ハンス私のハリネズミ」―」 金成陽一「いわき明星大学人文学部研究紀要」第12号 33-46頁 3・22
[絵本・漫画]
  1. 「幼稚園における科学絵本の活用―教育実習における学生の取り組み―」 山根薫子・田中賢二「就実論叢」(就実女子大・短大)第28号 21-33頁 2・1
  2. 「教科書、新聞、マンガにおける老人のビジュアルイメージ分析」 宇田川拓雄・大嶌英治・荒谷真一「北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)」第49巻第2号 41-50頁 2・22
  3. 「絵本の読み聞かせ事態における母子の音声同期化現象について」 鈴木情一「上越教育大学研究紀要」第18巻第2号 483-500頁 3・31
  4. 「描画・絵本・漫画の特質と可能性」 小泉卓「人文・自然・人間科学研究」(拓殖大)第2号 97-131頁 3・31
  5. 「占領下の翻訳絵本と教育―広島図書について―」 森本和子「紀要」(広島市公文書館)第22号 69-93頁 3・31
  6. 「幼児の読書環境に関する一試論―2歳児における「絵本」受容状況分析―」 谷出千代子「仁愛女子短期大学研究紀要」第31号 11-18頁 3・31
  7. 「マンガ表現の豊饒―マンガ絵と言語記述との相乗効果―」 中村忠夫「紀要」(つくば国際短大)第27輯 7-31頁 6・30
[児童文化]
  1. 「アニメーション番組の研究―「ポケットモンスター」の場合」 畠山兆子「マス・コミュニケーション研究」(新聞学評論・改題13号)第54号 81-95頁 1・31
  2. 「本学学生の子どもの頃の遊びの変遷に関する研究」 脇坂康彦・加藤恵美・酒井ゆう子・野田里美「愛知江南短期大学 紀要」第28号 129-135頁 3・10
  3. 「映画「フランダースの犬」の日米比較―主題変容の文化的要因―」 高橋 晃「武蔵野女子大学紀要」34号 117-126頁 3・15
  4. 「「ポケットモンスター問題検証報告」への疑問―再現映像で、アニメ制作ガイドラインに提言―の理論的根拠」 北川泰三「京都文化短期大学紀要」第30号 31-78頁 3・15
  5. 「続・紙芝居(箕面市立中央図書館蔵)吉村一信コレクションについて」 堀田 穣「京都文化短期大学紀要」第30号 79-104頁 3・15
  6. 「少女論・ナウシカについて」 土崎文子(学生)「和光大学人文学部・人間関係学部紀要」別冊エスキス98 126-136頁 3・20
  7. 「児童文化論 序―その6―教育と児童文化」 大井源一郎「国学院短期大学紀要」第17巻 135-168頁 3・23
  8. 「『のらくろ探検隊』と『スンガリーの朝』―戦時下の児童文化における「満州」―」 磯田一雄「成城文芸」(成城大)第166号 1-29頁 3・30
  9. 「「ごっこあそび」の面白さ―「ダンプ園長」に学ぶ―」 浅野俊和「VERA―真理と科学―」(兵庫大短大)第6号 263-275頁 3・31
  10. 「資料・「児童文化」関係文献資料・目次(1)―1909年〜1945年―」 川勝泰介「幼児教育研究紀要」(名古屋経済大・市邨学園短大)第12号 1-19頁 3・31
※1999年8月8日に「第五届亜州児童文学大会」の(日文版)「21世紀的亜州児童文学論文集」(中華民国児童文学学会)が刊行されている

明治期少年雑誌

「少年のとも」「家庭教育 絵はなし」「学の友」

藤本芳則

「少年のとも」

 明治32年11月25日創刊。月刊、価格6銭、本文70頁。菊判、公益図書発行。
 「発刊之辞」に次のようにいう。
私はふつゝかながら、少年諸君のお話相手となり、遊び相手となり、又学校友達とも勉強友達ともなりまして、善い事は奨め、悪い事は警しめ、どうか少年諸君が、変な色や厭な色に染らない様に、致したいと存じます。/もう友達にしていたゞいた積りで、私の名も『少年のとも』といたしました。
 遊びと勉学をアピールするのは、「面白くてためになる」を先取りしたもの、というより「少年倶楽部」などが従来から謳われていた児童雑誌のモットーを徹底充実させたというべきだろう。
 近代の偉人伝、紀行文、知識読物、歴史、新体詩、などのほか「支那昔噺」「お伽小説」、「戯画物語」と題する笑話、「世事新報」と題する最近のニュース等、盛沢山な内容で、文体はほぼ言文一致体を使用。「発刊之辞」にあったように、娯楽作品と学習的記事が含まれる。

「家庭教育 絵はなし」

 明治38年6月5日創刊。四六判、本文12頁の絵雑誌。家庭教育会編纂、尚友館発行。
 前年(明治37年)には、日本最初のカラー絵雑誌といわれる「お伽絵解 こども」が創刊されている。本誌は全頁多色刷ではなく半分だけ石版多色刷。
 創刊号の内容を記す。
 表紙裏に、「五月五日ハ金太郎ノ 生レタ 日デ アリマス」とあり、金太郎の絵に添えて、「タゞ チカラ ノ ツヨイバカリデハ/イケマセヌ ガクモン ヲ シテ/クニ ノ タメニ ナル ヒト ニ/ナリマシヨウ」と短文がある。同じ頁には、もうひとつ別に「五月五日我軍遼東半島ニ上陸」という説明とそれを示す絵が描かれている。1頁には、田植えの絵と、釜、飯櫃、弁当箱など。2〜3頁は、見開き全体を使って子どもの昆虫採集や花摘みの図が描かれ、4頁には、「五月六日ハ九段阪招魂祭ヲ/忘レテハ/ナリマセヌ」云々とあり、九段坂の場面。5頁は、「五月二十八日 曽我兄弟」として曽我兄弟にまつわるいくつかの場面がそれぞれ描かれる。6〜7頁は唱歌「金剛石」と子どもたちの合唱の場面。8〜9頁は騙し絵。10頁は日章旗のぬり絵、11、12頁は切り取って葉書として使用できるように描かれた風景画。裏表紙裏は、カタカナの練習ができるよう手本と空白を用意している。
 季節の風物、あるいは雑誌発行の月日にちなんだ出来事が前半、後半は歌と遊戯を主とした構成になっており、幼稚園から就学まもない小学生あたりを想定している。
 金太郎と曽我兄弟は、昔話と偉人伝という幼稚園での「談話」教材の典型的パターンを踏まえて登場したものであろう。騙し絵、ぬり絵と遊戯的要素もふくみつつ、「金剛石」や絵に添えられる文から「家庭教育」としての学習誌的側面を強く打出している。

「学の友」

 「まなびの友」「まなびのとも」とも表記。明治38年3月28日創刊。2銭5厘、本文16頁、博報堂発行。小学生向けの学習雑誌。
 ユニークなのは、口絵に切手(シール)が30枚程度あり、登校あるいは幼稚園に登園すると台紙に切手を貼れるようにした企画。先生や親が点検して、一年間皆勤のものには発行元から賞品を出すとうたった。所見の雑誌のほとんどは台紙に貼付されていたから、思わくどおり子どもの興味をひいたと推測される。切手の絵柄が時節にあわせて多種多用であったのも関心をあおったかとおもわれる。
 3号には、新聞の批評が再録されているが、いずれもこの企画について、「皆勤表の如き実益と趣味を兼ねたる新意匠」(「東京日々新聞」)「児童精勤の習性を得せしむる良手段となるべし」(「都新聞」)「面白い趣向」(「二六新聞」)「まことに嶄新な趣向で、若し、これを学校に用ゐたら、好果を得らるゝと思ふ」(「教育新聞」)と好意的であった。広告として使用されている点を割り引いても評判は悪くなかったと考えられる。
 「教訓的のお伽噺お伽話もあり面白くして為めになる雑誌なり」(「朝日新聞」)という評もあったが、ほとんどは内容や記事に触れず、切手と台紙に言及した部分を再録しているのは、セールスポイントが、どこにあったことを如実に示している。登校を促す企画は、義務教育の充実を背景に、欠席を問題にする意識の形成を物語るものであろうか。
 内容は、1頁に1〜2話の短い教訓談や知識読物、偉人伝や地理など様々である。後にはやや長いものもみられるようになるが、やはり短話が主体である。編集方針がうかがわれず雑然とした印象をまぬがれない。創刊号から一例として「蝙蝠傘とからかさ」をあげておく。
 かうもり『からかさ君、お天気の日は、どんなに、にぎやかだが、知ってるか』
からかさ『僕は、でて見たことが、ないから、知らないよ』
かうもり『あー、君は、雨や雪のときばかりしか、役にたたないんだな。僕は、天気のよい日は、杖ともなり、ひがさともなって、さんぽをする。君のよーに、ぶきようーなものは、とても、洋服をきた紳士のおともは、できない』
からかさ『僕のやくめは、雨や雪をふせぐことばかりじゃ。このやくめは、きみよりか、ずっと上手だから、ほかのことは、できなくとも、ちっとも耻かしいことはない 

島田忠夫の個人誌「田園」のこと(その2)

上田信道

(前号より続く)

  • 白い夜(詩) 上原 清
  • 旅の船唄(歌謡)
  • 「旅の船唄」「恋姿紅屋の娘」 大堀秀雄
  • 東洋芸術への道[評論] 島田忠夫
  • 若鮎集(短歌)
    恩田栄一/峡野青子/恩田松子/白石浪男/瀬畑芳江/鴨志田初枝/石塚芳子
  • をかしきことども1(随筆)
    「ぱせり」「ばた」 徳永郁介
  • 野茨集(小曲・詩)
    「闇」徳重千歳/「月夜の庭」「黄昏」辰巳和子/「山野にて」小沢つる/「河畔」私市俊子/「いちはつ」熊原立子
  • 春の雷(小曲)
    「春の雷」高橋義雄/「別れの道」佐藤青美
  • どぜうの夜学(幼年詩)
    「青梅」「つばめ」「どぜう」「子猫」「子守唄」「赤とんぼ」「いなご」島田忠夫
  • 後記 島田忠夫
  • 編輯便 青芝港二
第三号以降が出たかどうかはわからない。第二号の次に確認できる号には「復刊号」とのみ書かれているからである。この号は1938(昭13)年2月1日付の発行。縦26×横19センチと以前より大判になったかわり、6頁だてとかなり薄くなった。題字は生方たつゑ、カットは野間仁根で、価格表示はなくなって非売品と記されている。発行所は「田園社」で、所在地は東京市淀橋区西大久保一ノ五一五になっている。この号以降の3冊は毎月刊行されているので、おそらく月刊化をめざしたものと思われる。
末尾の「私の言葉」によると、「国家を挙げての非常時の際」であるから年賀状を中止し、かわりに「暫く休刊してゐた『田園』をこの号から復刊してお送り致します」とある。この欄には「私は昨年の四月から、大日本歌人協会に働く事になつて理事諸先生並に会員諸氏の御同情のもとに、鋭意協会の事務に当つて居ります」ともある。定収入を得て生活が安定したことから、個人雑誌の復刊を思い立ったとも考えられよう。
また、画業の方でも進展があったようで、同欄ほかの記事によると、前年の7月に銀座のギャラリーで第一回個展を開き、特に郷土玩具を題材にした小屏風が好評であったこと、さらに第二回個展を計画していたことがわかる。同じく前年の冬には天台宗務庁からの依頼で比叡山に籠もり、絵を描いたという。
ほかに、冒頭の「新年の回想」では、クリスチャンの家に産まれた島田が幼年時代に体験したクリスマスのことや東北の風物のこと、第一単行本『柴木集』のころの回想などを記している。
次に掲げる目次のうち、「転載」欄では「信濃毎日」を中心に他誌紙へ既発表のものをまとめた。また、第二号からあった《幼年詩》に加え、新たに《少年詩》というジャンル分けが顔を見せている。交友のあった与田凖一や巽聖歌らが《少年詩》の確立を目指していたことの影響を思わせる。
  • 新年の回想[随想] 島田忠夫
  • (童謡詩)
    「村の正月」原田小太郎/「都跡村」辰巳和子/「お正月」「初買ひ」「お庭の雪」生方美智子/「軍馬」櫟原 実/「蕗のとう」武田勇治郎/「出征」藤尾晃二
  • [随想]
    「春日詣で」辰巳和子/「雪国の春」武田勇治郎
  • つらら(幼年詩) 島田忠夫
    「うぐひす」「つらら」「雪虫」「木びき」「雉子」「狐」「からす」
  • 「郷土玩具のこと」[随想] 島田忠夫
  • 転載[童謡・詩ほか] 島田忠夫
    「(童謡詩)兄さん」「日の丸」「稲かり」「初霜」「小鳥」「荒鷲部隊」「詩人のうた」「(少年詩)雪野行」「(小曲)落葉」「新たなる年」
  • 私の言葉[後書き] 島田忠夫

次号には「三月号」と記載。1938(昭13)年3月1日付の発行で、発行所の記載や判型・頁数、価格などは総て前号に同じである。題字・カットの作者名の明記はないが、おそらく前号と同じ顔ぶれであろう。
「転載」欄は二篇とも「家の光」二月号からの転載である。
末尾の「編輯小記」には《幼年詩》というジャンルについて、「童謡詩人としては最初の試み」であると書く。未刊に終わった幼年詩集『どぜうの夜学』への構想が次第に形を見せはじめたようだ。また、この号から始まった「おはなし草紙」は「民話を拾つたり、直接百姓に聞いたり、幼時の追憶を織り交ぜたりした上での創作」であるという。
冒頭の「湘南余談」には、鎌倉近辺に居住していた島田と画家たちの交遊を回想。金沢重治や有田四郎、万鉄五郎の名が見える。山本鼎の農民美術運動の影響を受けたとも書いていて、いかにも田舎の生活をのびやかに童謡で取り上げた島田らしいと言えよう。
  • 「湘南余談」[随想] 島田忠夫
  • 「こけし語源考」[随想] 渡辺波光
  • [詩・童謡]
    「鶴」島田忠夫/「はつ春」「鯛」「みかん」原田小太郎/「冬の梅」「ちやがま」「虎のかけじ」「とゆの雨だれ」生方美智子/「雪おろし」武田勇治郎/「地ざうさま」瀬畑京子
  • いくさ馬(幼年詩) 島田忠夫
    「田にし」「いくさ馬」「てがみ」「猿ざけ」「かたつむり」「蕗の薹」「うめ」「とんび」
  • 転載[童謡・詩] 島田忠夫
    「母と子」「(小曲)真綿のチヨツキ」
  • [童謡・散文]
    「山焼の夜」市川健次/「■{女・(嗽−口)}草山の山焼き」辰巳和子/「ビツキどん」武田勇次(ママ)郎
  • おはなし草紙(一)[散文] 島田忠夫
    「雪女郎」「吹矢」「雉子」
  • 編輯小記 島田忠夫

 確認した限りでの最後の号は「四月号」で「皇軍慰問号」とある。1938(昭13)年4月1日付の発行で、発行所の記載や判型・頁数などは総て前号・前々号に同じである。題字・カットの作者名は「復刊号」に同じ。ただ、定価15銭とあるところがこれまでとは少し違う。
前号(三月号)の「編輯小記」によると、「万目荒凉とした寒地にあつて皇国の為め奮闘される将士に多少の慰問にもと思ひ、復刊号を送つてみたら、案の定喜んで呉れる方が多かつた」ので、次号(四月号)を「『皇軍慰問号』としてそれにふさわしい作品を盛り、部数を纏めて発送したい」という予告があった。予告どおり、本号は戦争や銃後の生活を題材にした詩・童謡・散文を中心にした構成になっている。
冒頭の「さくら」では、幼時や「アララギ」時代の思い出を桜に託してまとめている。「転載」は「生活風景」などからの転載。「村童日記」の柴田ムツ子は秋田県下の小学生、「彰徳城」の田中まさるは戦地からの投稿、原田小太郎の「馬鹿溝通信」は仕事上の赴任先である満州からの通信である。
  • さくら[随想] 島田忠夫
  • 戦地の友に[散文] 加藤文輝
  • 蝶々と口紅(幼年詩) 島田忠夫
    「三太郎」「雨だれ」「ほほじろ」「蛙」「さくら」「小川」「どつこいしよ」「てふてふ」「子ぶた」「ばか亀」
  • 作品1
    [童謡・詩]
    「らっぱ」「花」原田小太郎/「慰問袋」辰巳和子/「もぐら」「はりこの虎」生方美智子/「えづこ」武田勇治郎/「河童と梅」森たかみち/「正月餅」菊地烏瓜/「胡桃」瀬畑京子
    [随想・日記]
    「梨畑にて」市川健次/「村童日記」柴田ムツ子
  • 作品2[童謡・詩]
    「兄のお便り」加藤文輝/「寒鮒」「軍馬」島田忠夫/「朝詣り」恩地淳一/「彰徳城」田中まさる/「戦地のたより」市橋直治郎/「ひばり」関 昭一郎
  • おはなし草紙(二)[散文] 島田忠夫
    「月夜の船」「山男」「新吉鳥」
  • 馬鹿溝通信(一)[通信] 原田小太郎
  • 転載[詩] 島田忠夫
    「紅梅」「花のねぐら」「かなしき時も」
  • 編輯後記 島田忠夫
(完)