インターネット版

児童文学資料研究
No.88


  発行日 2002年5月15日
  発行者 〒546-0032 大阪市東住吉区東田辺3-13-3 大藤幹夫
 


目  次


二宮藤朝『子供の感情教育』藤本芳則
二〇〇一年上半期紀要論文紹介(続)大藤幹夫
竹貫佳水の経歴考―博文館入社まで―(その3)上田信道


 
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『子供の感情教育』

  西宮藤朝著
  大正8年3月10日初版
  大正9年11月23日5版
  実業之日本社

 四六判、282頁、1円20銭。副題に「小さなたましひに愛と同情とを培ふために」とある。「感情教育」とは、現在の情操教育であろう。
「感情教育」という言葉は、他にみないので、西宮の造語であろうか。
 「同情と愛! これは人間の持つべきもろもろの心情の中で、最も尊いもの」で、本書は、この感情を「子供時代からその魂にこれを吹き込むことの如何に必要であるか、又如何にしてそれを為すべきか」(「序」)を説いたもの。一口に感情と言っても漠然としているが、緒論で「美的感情」を中心にする旨が述べられている。
 全体の構成は、「何故感情教育は必要であるか」にはじまり、「子供の意識殊にその感情の性質」に言及、「感情教育の過去及現在」で史的概観を述べ、「学校に於ける感情教育」「家庭に於ける感情教育」「社会に於ける感情教育」の三方向から考察する。
 著者は、近代のうみだした人間疎外の状況に触れ、「争ひと虚偽と利己心の充ち充ちた社会を、円満にして幸福なるもの」にするには、「文芸を通じてなされる感情教育に依るより他に道がない」として、感情教育の具体的方法を明らかにする。ただし「文芸」の範囲は、小説、詩歌にとどまらず、伝説類、俗謡はむろんんこと、広く、絵画、音楽、彫刻、建築、工芸美術までも含むとされていて、今なら「芸術」とでもいうところである。ここでは、建築、絵画はおいて、文学に関する言及を主に紹介したい。
 「学校に於ける感情教育」では、教科書批判が目立つ。明治以後実利的教育に重きがおかれ、道徳教育はあっても、感情教育はほとんどなされず、唱歌、国語、綴方なども「道徳のお化けを現わしたものを教へる」にすぎなかったと、それまでの教育を振り返る。その上で、「国語科の中心使命は感情教育にある」とする項目を立て、教科書二冊の文章をとりあげて論じる。結論は、教訓や知識を解説したものがほとんどで、子どもの感情を陶冶するものはほとんどないので、教材の三分の二は詩や童話などでありたいというもの。
 唱歌についても同様に具体的分析を示し、修身、地理、歴史などのために作られた歌ばかりが多いと指摘する。「二宮金次郎」を子どもがうたっているのを聞くと、「子供の時分から道徳ぜめに逢つてゐる彼等の不幸」(傍点原文)を嘆かざるを得ないと手厳しい。ただし、西宮の推奨する歌をみると、子どもの感情陶冶とはどういうものなのか、疑問のところもある。たとえば、北原白秋「山のあなた」を推奨しているが、「山のあなたの、/ふるさとよ。/あの山恋し、/母こひし」のような箇所が、「子供の幼き心持によく触れて」いるとは思えない。童謡の形式を借りた大人の感傷をうたったものというべきで、西宮もいわゆる童心主義の影響を免れていない。
 「家庭に於ける感情教育」の中に「子供の読み物について」という項目が立てられている。親は子どもの読書にどうかかわるべきかについても述べているが、子どもの教化方針をきめ大まかにその枠内で自由に読書をさせたり、読み物を選定してやるのがよいというにとどまる。
 具体的には、まず書き方などにもよるがと前置きして英雄物語に否定的な見解を示している。超人的な活躍を描いた英雄物語は、子どもに英雄の非人間的なところが悪影響をあたえるからであるという。非現実的な、好奇心をそそる冒険物語も、子どもが模倣することがあると批判し、続けて、非現実的なものにひかれ、現実的なものに興味をもたなくなり、親や友人との親密な関係が薄れ、ついには不良少年となって犯罪にはしることもあると述べるが、こうなるといささか首をかしげたくなる。大衆的な児童文学への批判であるが、こうした記述に触れると、日本にファンタジーや、本格的冒険小説が育たなかったのも無理はないという気になる。この時期の教育的視点からの児童文学論の典型のひとつではないかと思う。
 「社会に於ける感情教育」で、注目しておきたいのは、同時代の常識とはことなり、映画や演劇を基本的には推奨している点である。ただ、その内容が子どもにふさわしいかどうかであるとして、非現実的な物語を不可とするなど、児童文学に準じなければならないと主張する。つまり、映画には、「現実主義の空気」が必要というのである。映画の面白さは非現実が映像化されるところにもあるはずだが、そのような側面は考慮されない。子供芝居は、これから大いに盛んにすべきで、「父兄たちはなるべく子供にさうした芝居を見せる習慣をつけてほしいものだ」といい、宝塚少女歌劇団のような「俳優の団体」の輩出を希望している。

(藤本芳則)





 
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2001年上半期紀要論文紹介(続)

大藤幹夫


(承前)

[日本児童文学]
  1. 「図書館資料としての大衆児童文学を考える―吉屋信子の少女小説を例に―」 林左和子「大谷女子大学紀要」第35号第1・2輯 186-205頁 3.10
  2. 「鈴木三重吉と雑誌『赤い鳥』―創刊を支えた経験と創造された双方向型メディアコンプレックス―」 陶山恵 「相模国文」(相模女子大)第28号 94-108頁 3.10
  3. 「鈴木三重吉による『ピーター・パン』の再話に関する一考察」 横田順子「実践女子短大評論」第二十二号 108-123頁 3.10
  4. 「吉屋信子「花物語」の変容過程をさぐる―少女たちの共同体をめぐって―」 横川寿美子 「美作女子大学・短期大学部紀要」第46号 1-13頁 3.10
  5. 「藤村童話と『フランクリン自伝』」 冨田和子 「椙山国文学」(椙山女学園大)第二十五号 85-101頁 3.12
  6. 「山中峯太郎著作年表抄」 秋山憲司 「文学と教育の会会報」第40号 7-12頁 3.31
  7. 「『蜘蛛の糸』から『杜子春』へ―芥川龍之介の童話―」 松本寧至「二松学舎大学東洋学研究所集刊」第31集 203-214頁 3.31
  8. 「幼年文学の表現―『ちいさいモモちゃん』にみる童話の言葉と紙芝居の言葉―」 原田留美 「精華女子短大紀要」第27号 75-85頁 3.31
  9. H「芥川龍之介「蜘蛛の糸」論―孤独な御釈迦様―」 田村修一 「解釈」通巻552・553集 47-52頁 4.1
[宮沢賢治]
  1. 「宮澤賢治「注文の多い料理店」の〈山猫〉像―猫の民俗誌と諷刺文学の視点から読み直す―」 北野昭彦 「龍谷大学論集」457号 252-270頁 1.30
  2. 「宮沢賢治研究序説一」 石内徹 「清和女子短期大学紀要」第29号 11-21頁 1.31
  3. 「大正十年の宮沢賢治―賢治と国柱会―」 西田良子 「国語国文学研究」(熊本大)第36号 82-97頁 2.28
  4. 「ファンタジーとしての宮沢賢治童話論」 西本鶏介 「学苑」(昭和女子大)729号 2-14頁 3.1
  5. 「賢治童話「おきなぐさ」」 中野隆之 「黒葡萄」(中野隆之)第17号 11-26頁 3.3
  6. 「宮澤賢治の童話作品の改稿について―「ひのきとひなげし」を中心に―」 植田信子 「名古屋女子大学 紀要(人文・社会編)」第47号 1-11頁 3.5
  7. 「『銀河鉄道の夜』における語り手の視点」 顧 那 「名古屋明徳短期大学 紀要」第16号 117-136頁 3.10
  8. 「『注文の多い料理店』の受容とイラストレーションに関する一考察―一九八三年以降―」 塚本美智子 「言語表現研究」(兵庫教育大)第17号 30-40頁 3.15
  9. 「宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」論―冷害から見た主人公の死―」 大島丈志 「千葉大学日本文化論叢」第2号 31-49頁 3.20
  10. 「テクストにおける語り手の働き―「注文の多い料理店」とその英訳版の比較対照―」 菅沼文子 「日本女子大学英米文学研究」第36号 71-91頁 3.21

  11. 「宮澤賢治研究―「心象」について―」 斎藤かすみ 「東洋大学短期大学論集日本文学編」第三十七号(終刊号) 103-113頁 3.23
  12. 「宮澤賢治の誓願について」 石川教張 「東京立正女子短期大学紀要」第29号 1-31頁 3.25
  13. 「『銀河鉄道の夜』にみられる『クオレ』の要素について」 松井希三子 「同志社女子大学大学院文学研究科紀要」創刊号 19-32頁 3.30
  14. 「夜の川のほとりのゴーシュ―宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」を求めて―」 金森陽一 「いわき明星大学人文学部研究紀要」14号 30-43頁 3.31
  15. 「宮澤賢治『双子の星』論―演劇的実践からのアプローチ―」 早矢仕智子 「宮城学院女子大学大学院人文学会誌」第2号 41-49頁 3.31
  16. 「賢治詩の発想―宮沢賢治『春と修羅』の序を通して―」 宇野憲治 「比治山大学現代文化学部紀要」第七号 1-11頁 3.×
  17. 「宮沢賢治の仏教観に関する一考察―法華経信仰の重層性について―」 張福淑 「言語教育研究科年報」(麗沢大大学院)第3号 1-18頁 3.×
  18. 「宮沢賢治と社会主義運動―「労農党を中心に―」 坂井健 「京都語文」(仏教大)第7号 178-190頁 5.1
  19. 「宮澤賢治の図書館イメージ―「図書館幻想」をめぐって―」 木村東吉 「短期大学図書館研究」(私立短大図書館協議会)第21号 109-113頁 6.30
[世界児童文学]
  1. 「アリスの不思議の国の鏡像表現について」 小木野一 「筑紫女学園大学紀要」第13号 79-102頁 1.31
  2. 「100歳の『オズの魔法使い』」 佐藤洋 「学苑」(昭和女子大)728号 44-54頁 2.1
  3. 「ハリー・ポッターを主人公とする一連の物語がもたらした「読書現象」」 小林矩子 「武蔵野女子大学文学部紀要」第2号 11-20頁 2.20
  4. 「人間の存在を支えるもの―児童・青少年文学に見る その1 本質を見抜く眼差し― Cynthia Voigt 著 Homecoming におけるダイシ―祖母アビゲイル理解への純粋な希求」 稲田依久 「大阪女学院短期大学紀要」第30号 89-114頁 3.1
  5. 「児童文学に見る価値観の相克が児童に及ぼす教育的効果 その2 Cynthia Voigt 著 Homecoming に於ける祖母と孫達の家族観の相克がもたらすもの」 稲田依久 「大阪女学院短期大学紀要」第30号 73-87頁 3.1
  6. 「コルチャック先生と20世紀の児童文学」 本多英明 「相模女子大学紀要」64A 31-40頁 3.10
  7. 「O・ワイルド『幸福の王子』に知る現代」 阿佐美敦子 「実践女子短大評論」第22号 69-80頁 3.10
  8. 「「えっさかほいさ、牝牛が月を飛び越えた」―『メアリー・ポピンズ』の不思議な世界―」 河崎良二 「LANTERNA―英米文学試論」(帝塚山学院大)第18号 25-42頁 3.25
  9. 「『トム・ソーヤの冒険』と男らしさ」 國友万裕 「京都外国語大学研究論叢」2000年L 号 11-22頁 3.31
  10. 「アンデルセンの世界A―21世紀へ伝えたい豊かな世界―」 佐藤義隆 「紀要」(岐阜女子大)第30号 53-67頁 3.31
  11. 「「幸福な王子」における空間の意味について」 塩谷秀男 「人文科学研究所報」(関東学院大)第24号 3-16頁 3.31
  12. 「『星の王子さま』の現代性」 安村仁志 「社会科学研究」(中京大)第21巻第1・2号合併号(通巻第41号) 59-89頁 3.31
[詩歌・童謡]
  1. 「未知へとむかうことば―まど・みちおの言語感覚―」 福田委千代 「学苑」(昭和女子大)第729号 27-38頁 3.1
  2. 「「童心」を機軸とする白秋の詩学―ジャンル横断的再考―」 畑中圭一 「紀要」(名古屋明徳短大)第16号 21-34頁 3.10
  3. 「幼児教育におけるわらべうたの教育的意義」 尾見敦子 「川村学園女子大学研究紀要」第12巻第2号 69-89頁 3.15
  4. 「北原白秋研究ノート―その童謡からみた〈象徴〉の変容―」 宮木孝子 「歌子」(実践女子短大)第9号 71-76頁 3.20
  5. 「英詩と脚韻―日本の童謡歌詞の英詩訳―」 西条昌雄 「紀要」(精華女子短大)第27号 59-74頁 3.31
  6. 「『マザー・グース』と秋田のわらべうた―伝承童謡の比較研究―」 平辰彦 「経済学部紀要」(秋田経済法科大)第33号 1-22頁 3.31
  7. 「西條八十「雪の夜」の仮面―〈赤い鳥〉をめぐって―」 藤本恵 「人間文化論叢」(お茶の水女子大)第3巻 1-7頁 3.31
  8. 「子どもの歌を考える―「どんぐりころころ」「雪」をとおして―」 野々村千恵子 「岐阜聖徳学園大学短期大学部紀要」第33集 45-64頁 3.31
  9. 「八十童謡の語彙」 加藤妙子 「大阪樟蔭女子大学日本語研究センター報告」第9号 1-11頁 3.31
  10. 「中田喜直童謡の世界=v 大野恵美「湘北紀要」(湘北短大)第22号 1-17頁 3.31
  11. 「三木露風研究―『赤い鳥』発表期を中心に―」 和田典子 「兵庫大学短期大学部 研究集録」第35号 1-12頁 3.31
[民話・昔話]
  1. 「グリムとそのメルヘンの現代的意義について」 藤田正幸 「愛媛大学法文学部論集・人文学科編」第10号 1-20頁 2.28
  2. 「自然は語る―ジョルジュ・サンドの民話世界―」 樋口仁枝 「カリタス女子短期大学研究紀要 CARITAS」第35号 1-19頁 3.1
  3. 「マーシャル版『シンデレラ』―チャップブック最終期の『シンデレラ』」 木村利夫 「鶴見大学紀要・第2部外国語・外国文学編」第38号 15-30頁 3.10
  4. 「ペローの『昔話』と文芸サロン」 百田みち子 「長崎総合科学大学紀要」第41巻第2号 397-409頁 3.15
  5. 「資料紹介―立教大学図書館蔵『桃太郎絵巻』」 小峯和明 「立教大学大学院日本文学論叢」創刊号 122-128頁 3.25
  6. 「昔話伝承の時代思潮―昔話の変容とのかかわり―」 武田正 「山形女子短期大学紀要」第33集 1-22頁 3.31
  7. 「『ももたろう』の研究」 松岡義和 「市立名寄短期大学紀要」第33号 81-92頁 3.31
  8. 「昔話の一考察(5)〜人生後半期における心の成熟〜」 小野瑞江 「福山市立女子短期大学紀要」第27号 1-8頁 3.31
[絵本・漫画]
  1. 「『白雪姫』の絵本化をめぐって」 高鷲志子 「紀要」(立教女学院短大)第32号 63-78頁 1.22
  2. 「昭和二十年代の「ももたろう」絵本」 大藤幹夫 「学大国文」(大阪教育大)第44号 3-35頁 1.31
  3. 「『ちびくろサンボ』はすこやかによみがえるか?―『ちびくろサンボ』論争と日本人アメリカ史研究者の位置をめぐって―(灘本昌久『ちびくろサンボよ すこやかによみがえれ』出版によせて)」 川島正樹 「アカデミア・人文・社会科学編」(南山大)第72号(通巻第253集) 229-262頁 1.31
  4. 「「大衆文化としてのマンガ」成立の歴史社会的背景」 中西茂行 「金沢学院大学文学部紀要」第6集 1-19頁 3.1
  5. 「戦前・戦中期の絵雑誌「幼稚園」(小学館)をめぐる考察」 中村悦子 「家政系研究紀要」(大妻女子大)第37号 137-153頁 3.3
  6. 「漫画にみる図書館職員の人物像(一九九〇年代以降)」 山口真也 「沖縄国際大学日本語日本文学研究」第5巻第1号(通巻第7号) 1-33頁 3.5
  7. 「ビアトリクス・ポター研究(T)―ポターの絵本における衣服と衣装の意味―」 依岡道子「名古屋女子大学 紀要・人文社会編」第47号 315-326頁 3.5
  8. 「絵本『葉っぱのフレディ』が導くライフサイクルの学び方について」 西脇智子 「実践女子短大評論」第22号 142-148頁 3.10
  9. 「絵本の良さとは何か―幼稚園児を持つ母親に対するアンケートを中心に―」 小川真裕子・谷まゆこ・高橋直絵・船木麻美(学生) 「北海道浅井学園大学短期大学部学生紀要」第28号 159-169頁 3.14
  10. 「5歳児のかいた創作絵本を読み解く(その1)」 海野阿育 「鶴見大学紀要(第3部保育・歯科衛生編)」第38号 45-61頁 3.15
[児童文化]
  1. 「『おやゆび姫』とThumbelina ―映画化による原作の変更と文化的スクリプト―」 高橋晃 「武蔵野女子大学短期大学部紀要」第2号 63-69頁 2.20
  2. 「子どもとメディアに関する研究 1「幼児とテレビ視聴」ノーテレビデーの実施と視聴の影響に関する予備実験―」 山田真理子 「九州大谷研究紀要」(九州大谷短大)第27号 115-124頁 3.5
  3. 「北海道における児童図書館の歴史 1―児童図書館千代見園―」 谷口一弘 「北海道武蔵女子短期大学紀要」第33号 77-90頁 3.15
  4. 「「戦時下における児童文化」について(その五)―「東日小学生新聞」の「紙上作品展覧会」における位相と展開(五)―」 熊木哲 「大妻女子大学紀要―文系―」第32号 111-123頁 3.15
  5. 「「児童文化」関係文献資料・目次(三)―一九七〇年〜二〇〇〇年―」 川勝泰介 「幼児教育研究紀要」(名古屋経済大・市邨学園短大)第14号 1-41頁 3.25
  6. 「「動かないアニメーション」の誕生―『鉄腕アトム』がもたらしたもの(1)―」 浅野俊和 「兵庫大学短期大学部 研究集録」第35号 1-9頁 3.31
  7. 「アニメーション文化の「不幸なはじまり」―『鉄腕アトム』がもたらしたもの(2)―」 浅野俊和 「VERA―真理と科学―」(兵庫大学短大)第8号 277-291頁 3.31
  8. 「赤ちゃんとテレビ」 小林登 「子ども学」(甲南女子学園)第3号 4-10頁 3.31
  9. 「アニメーション番組における笑いの物語構造―「タイムボカン」を中心に―」 畠山兆子 「子ども社会研究」(日本子ども社会学会)7号 31-43頁 6.23
  10. 「アニメーション番組における笑いの物語構造―「ヤッターマン」を中心に―」 松山雅子 「子ども社会研究」(日本子ども社会学会)7号 44-56頁 6.23


 
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竹貫佳水の経歴考―博文館入社まで―(その3)

上田信道


 (承前)
 1900(明33)年に東京府を辞めてから1904(明37)年に博文館へ入社するまでの佳水の経歴は、詳しくはわからない。
 山陽新報社に入りその後東京瓦斯に転じているという。この間、本稿の「(その1)」で紹介した『英和対訳実用土木字典』(1903 建築書院)を著している。
 1903(明36)年の二月には、渡米をしたようだ。「攻玉社工学校同窓会誌」一四六号(1903年9月)に「本会委員竹貫直治(ママ)君は去る二月米国渡航に付辞任せられ」云々とあることから、これがわかる。
 米国にいつまで滞在したのかはよくわからないが、翌年の春に帰国したことは確実である。それは同誌の152号(1904年3月)に「補缺委員として伊藤金松君竹貫直治(ママ)君就任せられたり」とあるからである。
 帰国後の佳水は、一時的に役所勤めまたはそれに類する仕事にもどったらしい。佳水は同誌の157号(1904年9月)に「注文書」と題するエッセイを書いている。そこに「去年は同窓会誌に、工事掛の一部主任となつたことを通知したが、今年の中には如何かして、内務部誥(ママ)となつて、一番人を驚してやらう」「僕は此春大阪府から愛知県へ転勤したが今は熱田の築港工事を遣つて居る」云々と書かれていることから、それは推測できる。
 以上のことから考えると、佳水の米国滞在はおそらく一年間ぐらいのことであったと思われる。
 それでは、佳水は米国で何をしていたのだろう。
 滑川道夫は「日本最初の児童図書館」(「日本児童文学」1985年11月号)で「製罐所に勤務、図書館に通い独学した」云々と書いているから、およそ留学と呼べるほどのものではなかったようだ。しかも、米国本土ではなく、アラスカの缶詰工場であったという。当時のアラスカあたりの図書館に通ったとしても、どれほどの「独学」ができたものだろうか。
 きわめて不可解である。この渡米こそ、佳水の生涯でも最大の謎といえよう。
 ほとんど唯一の手がかりらしいものは、佳水が「冒険世界」の創刊号(1908年1月)に書いている「不得止冒険(ヤムヲエズボウケン)」と題する記事である。多少は参考になると思うので、次に紹介しておく。
 まず、冒頭で佳水は「僕は渡米青年に忠告せんとの心を以つて此一篇を草するのであるから、諸君もどうぞ其心を以つて読まれんことを希望する」と書く。
 この頃、米国で苦学する夢を抱く青少年の中には、ずいぶん無計画で無謀な者があった。こうした渡米熱にうかされている青少年に対して、「(渡米の)鼓吹者の言に拠ると、ナニ言葉は言葉(デキ)なくつても働き口は何程もある、心配するには及ばないと。成程其通りだ、けれども其働きは概してハードオーク(辛い仕事)で、なかなか学生などの堪え忍び得る処でない」と、佳水は現実の厳しさを説いている。
 次に、北米航路の終着点にあたる「サンフランシスコ乃至シヤートル」に上陸したあとのありさまを具体的に書く。すなわち、宿にひとまず落ち着いた「志のみ立派な、学力体格共に之に添はない渡米学生」は、「上陸一週間後頃からそろそろ煩悶を始める」というのだ。
 ちょうどその頃に宿の番頭から声をかけられる。『汝(ユー)の身体では田舎や鉄道の仕事は出来つこありやしないから、アラスカへ行くと定め給へ。百八十弗と云へば日本金の三百六十円だぜ、九十日足らず働いて三百六十円になる仕事が何処にあるもんか、其中には言葉も分るやうになるから、帰つて来てゆるゆると好い口を探して、学童(スクールボーイ)にでも家僕(ハウスオーク)にでも、汝の好きな処へ入り込んで、それから勉強するやうにしては如何だね、けれども無理に勧めはせんから、ようく考へて置き給へ。』とである。
 しかし、これこそ、はかるか東洋の地から渡米してきたばかりの世間知らずの苦学志願者を、巧みに欺く番頭の甘言なのである。
 佳水は「稼ぎとは何ぞ? 鮭(サモン)の漁である。鮭を漁して、直ぐと其処でもつて鮭の鑵詰(キャンづめ)を製する仕事である。仕事は成程番頭の云ふ通り、農園働きや鉄道工夫より辛くはないが、其一行の人気の悪いことゝ云つたら、それはそれはお話にならぬ」「番頭の斎らし来る福音の如き響は、之れ実に悪魔が誘惑の声である、悪魔はアラスカ行のボーイ一人を勧誘すれば、居ながらにして数十弗の利得があるのである」と、その甘言の実態を暴く。
善良なるグリーンボーイ諸君は、悪魔の番頭に導かれ、赤鬼青鬼のボツス(世話人)等に引連れられて、ボツス諸共船に乗込むと、再早一歩たりとも外へ出ることは出来ない、囚人同様の取扱ひである。(中略)無理遣りに誓約書に署名(シヤイン)させられる、英文で書いてあるのだから、何が何だか薩張分らぬ、(中略)覚束なくも署名し終ると、最早一切の権利は先方の手に移つて、身動きも出来ぬ、恰で奴隷に売られたやうになつて了ふのである。
 こうして、まんまとアラスカ行きの船に乗せられたグリーンボーイ(上陸後間も無い、事情に通じないもの)は、意外にも船中で思わぬ歓待を受ける。
酒があるぞ! 菓子もあるぞ! 用意周到、何たる行き届いたことであらう、と云るゝまゝに上戸は酒、下戸は菓子と、鱈腹詰め込んで好い気になつて居ると、豈計んや此代が皆な給金の中から引かれるのである。そして之がボツス共の利得となるものである。
 ようやく、アラスカにたどりつくと、今度は長時間労働が待っている。
九十日で百八〇弗!嘘の皮である。成程働くのは九十日ばかりであるが、アラスカまで帆前船で行くのであるから、何日かゝるか分らぬ、其往復の日数は九十日以外である。それにまだまだ驚くべきは、アラスカの夏の日は、全(マル)二日ぶりあるのである。何故かならば、朝は三時にならぬ前から夜が明けて、夜は午後十一時になつても、まだ手許が見える、それを日一杯働かせられるのであるから堪つたものでない!
 もとより、この記事に書かれている内容のうち、どこまでが佳水の実体験であるかはわからない。しかし、こうしたアラスカ行きが単なる伝聞であるにしては、あまりにもリアルな描写でありすぎるような気がする。
 アラスカの缶詰工場で働きながら図書館で「独学」するという、謎の多い佳水の渡米について、この記事はそれなりのヒントを与えてくれているのではないだろうか。(完)


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