唄を忘れたカナリヤは



兄殺しを決意する

 八十の父・重兵衛は、江戸時代から続く質屋「伊勢屋」の番頭でしたが、商売の才覚を見込まれて店の養子になりこの店を継ぎました。明治になると、新しく石けんの製造・輸入販売を手がけて、莫大な財産を築きます。
 しかし、長男の英治は、まだ一五〜六歳の頃から家の金をもちだしては家出を繰り返しましたので、重兵衛は英治を廃嫡(旧民法で家の相続権を喪失させること)にします。そして、次男の八十を西条家の後継ぎにすえたあと、1906(明39)年に亡くなりました。
 このとき、八十はまだ一四歳の少年でした。そこで、英治は数人の親戚を味方につけて法律に暗い母をだまし、形式的に父の遺産を自分が買い取ったことにして、合法的に財産を横取りしてしまったのでした。
 さらに、英治は有価証券や不動産の権利証書まで全財産を持ち出し、なじみの芸者と福島の飯坂温泉へ駆け落ちします。八十は苦労して兄を探しだし、やっとの思いで東京に連れ戻しますが、その後も英治は待合茶屋(芸者を呼んで遊ぶ茶屋)で寝起きするありさまでした。
 そこで、とうとう、八十は英治を殺してしまおうという、恐ろしい決心をします。
 まず、短刀を買ってきて医学書を研究し、毎日、人殺しの練習をしました。それから、弟の隆吉には、こんな意味のことを言い含めておきます。
 「自分はまだ未成年だから死刑にはならないだろうが、刑務所ぐらしは長くなりそうだ。あとのことはくれぐれも頼んだぞ」


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