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追悼記念誌と伝記、戦時下の諸問題を探る書ほか

 『人形劇人川尻泰司人と仕事』(九六年八月 人形劇団プーク 非売品)は、川尻の没後三回忌にあたって編まれた。第一部の中核をなす遺稿「川尻ノート」は、川尻の生前中に刊行された『現代人形劇創造の半世紀―人形劇団プーク55年の歩み』(未来社)中のものを転載。ほかに、知人・友人など関係者の回想・随想を含む。第二部は「川尻泰司の諸作品」(野田牧史)「斜めから見た川尻泰司」(三橋雄一)など。特に、年譜・作品目録・執筆一覧の資料性は高い。故人は現代日本の人形劇をリードしてきただけに、単なる追悼文集という意味あいを超えている。
 『野間省一伝』(九六年七月 講談社 非売品)は、講談社の社長を勤めた故人の行跡をまとめた伝記である。創業者の伝記を探すことは容易だが、出版業界で第四代めの社長の伝記が刊行された例を私は知らない。それは野間省一が講談社の古い体質を改革。同社を現代日本を代表する総合出版社に育て上げたばかりではなく、出版業界全体のリーダー役をはたし、出版事業の国際交流・支援にも功績があったからだろう。ただ、戦時中の出版事業に関する記述がいかにもあまい。経営陣の中枢にいたのだから、軍部に押しつけられたということで済ますわけにはいくまい。誤りを誤りとしてこそ、戦後の功績がより輝くのではないか。
 櫻本富雄『本が弾丸だったころ』(九六年七月 青木書店)は戦時下の出版統制をテーマとする。『文化人たちの大東亜戦争』(青木書店)など、戦争責任の問題を一貫して追い続ける著者の労作の一つである。未知の資料や事実を多数発掘しており、教えられることが多かった。弱点としては、著者が収集した資料に限ることを原則としていることであろうか。例えば、日本教育紙芝居協会が出していた雑誌「紙芝居」(「教育紙芝居」から改題)は、八冊だけを見たが「もう見つからないかも知れない」とある。だが、大阪国際児童文学館にはある程度は所蔵されているので、著者の所蔵分と併せればもっと詳しいことがわかるはずだと思う。
 神谷忠孝・木村一信編『南方徴用作家―戦争と文学―』(九六年三月 世界思想社)は、南方に徴用された作家たちをとりあげている。この書では南方徴用体験が作家の内面と作品にどのような影響を与えたかに重点を置く。ただ、執筆者が近代文学の研究者たちであるため、子どもむけの作品を正面からとりあげたのは、「海野十三の南方徴用体験」(吉川麻里)の一編だけというのは残念であった。戦後五〇年を経たいま、児童文学研究の立場からこの問題を取りあげてみようという機運が見られないのはどうしたわけだろう。
 山下武『「新青年」をめぐる作家たち』(九六年 二九〇〇円 筑摩書房)は、一編を除いて書き下ろし。児童文学関連の作家では、橘外男が取りあげられている。橘は少女小説を中心にかなりの数の子どもむけの作品を書いているが、問題にされることはなかった。この書がきっかけになって未開拓の作家研究に手が伸びていくことを期待したい。

【「日本児童文学」1996.12掲載】