唱歌「一寸法師」のふしぎ



唱歌「一寸法師」は、巌谷小波(いわやさざなみ)が作詞し、田村虎蔵(たむらとらぞう)が作曲して、『教科統合 尋常小学唱歌』(全12冊)という唱歌集に載りました。
この唱歌集は納所・田村のコンビに佐々木吉三郎を加えた共同編集で、1905(明38)年10月から翌年の4月にかけて、国定教科書共同販売所から出版されています。
ユビニ、タリナイ、
イッスン ボウシ、
チイサイ カラダニ、
オオキナ ノゾミ、
オワンノ フネニ、
ハシノ カイ、
キョウヘ、ハルバル、
ノボリ ユク。

キョウハ、サンジョウノ
ダイジン ドノニ、
カカエ ラレタル
イッスン ボウシ、
ホウシ ホウシト、
オキニ イリ、
ヒメノ オトモデ、
キヨミズヘ。

サテモ、カエリノ
キヨミズザカニ、
オニガ、イッピキ
アラワレイデテ、
クッテ カカレバ、
ソノ クチヘ、
ホウシ、タチマチ、
オドリ コム。

ハリノ タチオバ、
サカテニ モッテ、
チクリ チクリト、
ハラジュウ ツケバ、
オニハ、ホウシヲ
ハキダシテ、
イッショウ ケンメイ、ニゲテイク

オニガ、ワスレタ
ウチデノ コヅチ、
ウテバ フシギヤ、
イッスン ボウシ、
ヒトウチ ゴトニ
セガ ノビテ、
イマハ リッパナ
オオ オトコ。
切手
切手
切手
「一寸法師」1974年発行
滝平二郎・画


「御伽草子」に清水寺はでてこない
室町時代に書かれた「御伽草子」と呼ばれる一連の読物のうち、『一寸法師』はもっともよく知られた物語です。
むかし、摂津の国難波の里(いまの大阪市附近)に、子どものない老夫婦が住んでいました。夫婦は住吉大社に願をかけて、背丈が一寸(約3センチ)の子どもをさずかります。けれども、12〜3歳になっても少しも大きくなりませんので、とうとう化け物あつかいして家から追いだしてしまいました。
しかたがないので、一寸法師はお椀の舟にのって京にのぼり、三条の宰相につかえます。
一寸法師が16歳になったときのことです。13歳になる宰相の姫君を自分の女房にしようと、悪知恵をはたらかせました。
一寸法師は神前にそなえる米を姫の口にぬって、「姫君がお供えを食べた」と泣きわめきます。宰相が調べてみると、たしかに姫君の口に米つぶがついていますから、「そんな悪い娘は家に置いておけない」と、お付きの者もつけないで追いだしてしまいました。
こうして、まんまと姫君を手にいれた一寸法師は、京都の鳥羽から舟で淀川をくだり、生まれ故郷の難波にむかいます。
ところが、途中で嵐にあって《きょうがる島》へ流れつく。そこで鬼にでくわして…
ここまでは唱歌に歌われているストーリーとかなりちがいますが、結末は同じです。
打ち出の小槌で背たけをのばし、順調に出世をします。
しかし、鬼に出くわすのは淀川沿いのどこかにある《きょうがる島》です。
清水寺や清水坂のことは、どこにもでてきません。

「一寸法師」の基本は巌谷小波がつくった
巌谷小波は、1894(明27)年7月から1896年(明29)年8月にかけて、博文館から「日本昔噺」(全24編)というシリーズをだしました。いま、わたしたちがよく知っている子どもむけの昔話や伝説の多くは、このシリーズがもとになっています。
唱歌の「一寸法師」は小波がつくった唄ですから、もちろんストーリーは「日本昔噺」からとっています。
それが『一寸法師』(1896年3月)で、このシリーズの第19編にあたります。
この物語では、一寸法師は悪だくみなどしません。
清水寺からの帰り道で、鬼と闘うことになっています。

日本昔噺(表紙)日本昔噺(口絵1)日本昔噺(口絵2)
日本昔噺(表紙)日本昔噺(口絵1)日本昔噺(口絵2)

『小男の草子』とのふしぎな関係
「御伽草子」のひとつに『小男の草子』という物語があります。
山城の国(いまの京都府南部)に生まれた主人公は、丈一尺(約30センチ)、横八寸(約24センチ)の小男でした。
ちょっと、太りすぎのような気もします (^o^)
この男が京の都に出て奉公先を探しますが、ようやくみつけた奉公先では、主人の女房から「一日一度ずつ清水の山で松葉をかきあつめる」という条件をつけられました。
ある日、都でいちばんの美女が清水寺へおまいりにきます。小男はその美女にすっかりほれこんでしまいましたから、自分の思いを短歌にたくしてつたえたところ、あまりにも短歌がうまいので一緒になることを承知してくれました。
それからふたりの夫婦仲はむつまじく、やがて小男は五条天神の神に祭られます。
女房のほうは、観音さまになったとも、道祖神になったとも伝えられています。
五条天神のご祭神である少彦名命(すくなひこなのみこと)は、いま医学や薬の神さまとして信仰を集めていますが、たいそう身体の小さな神様でした。おそらく『小男の草子』の主人公は、この神さまをイメージしたものでしょう。
小男は清水の観音様から打ち出の小槌をさずかって背が伸びたという話も伝わっているそうですから、『小男の草子』が『一寸法師』と深い関係の物語だったことがわかります。
なお、いまの五条天神からすこし東に行ったところに、松原道祖神社という小さな神社があります。


※この続きは、わたしの新著『名作童謡ふしぎ物語』(創元社 2005年1月刊行予定)をご覧ください。
…関連するエッセイに「唱歌『牛若丸』のふしぎ」があります。


参考文献
巌谷小波・原著/上田信道・本文校訂&解説
日本昔噺』 (平凡社 東洋文庫 692)